移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

EY税理士法人編「BEPS対応 移転価格文書化の実務入門」(中央経済社)

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これ一冊で文書化対応だけでなく、移転価格対応は十分ではないか、と思うほど、実務対応者にとってはありがたい本。書名の通り、文書化(マスターファイル、国別報告書、ローカルファイルの作成方法)がメインであり、これらの文書の作成にあたってかなり参考にさせて頂いた。もう一つ、本書において実務上ありがたかったのは、これらの文書の作成方法の解説に続く部分、特に第3章「移転価格文書化の前提となる移転価格ポリシーの策定と導入」。

 

■期中価格調整

第3章「移転価格文書化の前提となる移転価格ポリシーの策定と導入」の中で特にありがたかったのが、「ポリシー」策定後の実践となる「期中価格調整」についての解説。

「移転価格の調整方法として望ましいのは、期中の取引価格の検証及び調整を通じて、国外関連者の営業利益率がTNMMに基づく独立企業間利益率レンジに収まるよう、調整を行う方法です(期中価格調整)。」(P.154)、価格調整は「基本的には棚卸資産取引の『価格』を調整するもの」(P.155)と説明されている。個人的には、いかに立派な文書を作るかよりも、TNMMを適用すべき取引であれば、とにかくレンジに収めることが大事であると思っている。それにも関わらず、これまであたってきた本の中では「期中価格調整」について説明をしているものはなく、また、明確に「やるべき」、と言ってくれる専門家にもお会いしたことがなかった。そのため、自信をもってこのような「期中価格調整」の仕組みを導入することには難しさ(心理的なハードル?)があるように思う。具体的には、移転価格担当者自身はもちろん、社内的にも、「価格は変えてはならない(変えることは問題になる)」という認識から、「期中価格調整はしてもいい、というよりも、税務コンプライアンス上、調整しなくてはならない」というふうにマインドを切り替えないといけない。個人的には本書はそのような意識切り替えのきっかけの一つとなり、背中を押してもらった。

また、「期中価格調整」にまつわるその他の論点――「期末一括調整」、業績評価との関係、関税との関係――も取り上げられている。これらは「期中価格調整」をしようとすると実務上必ずぶつかる問題であり、結局はそれぞれの会社で自ら考えて対処するしかないのだと思うが、対応上のヒントが書かれている。

 

■移転価格税制と国外関連者寄附金

移転価格税制と国外関連者寄附金の区分の問題は他の本でも取り上げられている問題の一つだが、本書では「誤解を怖れずに言えば、境界線があるというよりは、・・・“一部のみピックアップして眺めるか、全体として見るかの違い”とも言えます」(P.181)と指摘されている。「全体」として問題がなくても(移転価格税制上の問題がなくても)、「一部のみピックアップ」して問題があれば国外関連者寄附金として指摘することができる、ということだと思うが、実務対応上は何とも言えず悩ましい。

もう一つ、同じくP.181の注釈で「税務当局が寄附金を認定する場合、『贈与の意思』があったことを証明することが重要」との指摘がある。実務上はここをポイントとして対応していくしかない、という認識である。

 

■日本のローカルファイルの提出期限

2016年度税制改正で導入された同時文書化の義務化について、義務化された取引については「提出を求められてから45日以内」、義務化されていない取引については「60日以内」の、それぞれ指定される日に提出が必要になったが、この15日間の差しかない意味は何だろう、と思ってきた。しかし、本書では、義務化された取引については「申告期限までに作成されていることを前提とすれば、天災等のやむを得ない場合を除き、提出の準備に通常要する期間が勘案されるとしても、せいぜい、1、2週間程度ではないかと推測されます。45日間の猶予が与えられることは想定し難い」(P.173)と指摘されている。気合いを入れ直したい。