移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

NERAエコノミックコンサルティング編「移転価格の経済分析」(中央経済社)

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カバーがなくなってしまったので、背表紙を撮影。

 本書は今から10年以上前、BEPSプロジェクト以前の2008年に発行されており、その間に移転価格税制には変わったところもあるものの、依然として、実務において非常に有用な、ある意味で個人的な「バイブル」の一つとして活用している本である。ただ、実務で有用といっても、他の本と異なっているところは、例えば税法の解釈とか、国税の見解等についての解説を必要としている場合に読むのではなく、どちらかというと、新たな視点やアイディアがほしいとき、本質的に考えたいときに参照している。気付きの非常に多い本であるが、ここでは今の個人的な問題認識に則して、以下3点のみ、特に参考になった点としてあげておく。

 

■製造業の利益水準指標①

製造機能を、同じ地域、同じ産業内において担っている会社であっても、その「中身」が大きく異なっている場合がある。その「中身」の違いのひとつに、資本集約的な工程か、労働集約的な工程か、という工程の違いがある。多額の設備投資をして、長い生産工程で付加価値の高い製品を作る工程か、設備投資は少なく労働力に頼る、例えば組み立て工程か。

本書では取引単位営業利益法で使用される製造業の利益水準指標(PLI)として、この資本集約度の違いに着目して、PLベースのPLI、例えば売上高営業利益率や総費用営業利益率は適切なPLIにはならない可能性がある一方、資本に対する営業利益率を考慮すべきである、と指摘されている(P.35-36、P.100‐102)。これは、資本市場の理論から考えれば期待収益率は収斂していくはずだから、投下された資本額の大きい装置産業的な会社にはそれだけ高い収益が、投下資本の少ない組み立て会社には少ない収益がそれぞれ期待されるため、とのこと。

経営分析の教科書にも書かれている通り、資本利益率は売上高利益率(利益÷売上高)と資本回転率(売上高÷資本)の掛け算であり、売上高利益率だけを見るのは片手落ちのように思う。売上高利益率でみれば、装置産業は高く、組み立て会社は低くなるが、回転率でみれば装置産業は低く、組み立て会社は高くなる。市場原理、すなわち独立企業間原則に則していれば、両者の資本利益率は一定の水準にある程度収斂していくはずである。

経営分析、管理会計等の分野では当然の話なのだが、なぜ移転価格の世界では特定の指標(製造会社であれば総費用営業利益率)しか使われないのだろうか。もちろんBSベースの指標には、例えば固定資産であれば、償却方法、耐用年数等の会計処理の違いに起因する簿価の問題がある。しかし、これらはPL、例えば減価償却費も同様ではないのだろうか。所得移転の蓋然性の判断においては、様々な指標から、総合的に判断することはできないものだろうか。(仮に複数指標を用いて、どの指標でみても、独立企業間価格とは言えない、となった場合に、更正をどの指標に基づいて行うのか、という問題が出るが。)

なお、2017年「OECD移転価格ガイドライン2017年版」(国税庁ホームページ掲載の仮訳)においては、取引単位営業利益法の説明の中で以下のような記述があり、BS値を分母とした営業利益率をPLIとして適用できる可能性について指摘されている。

2.92 分母の選択は、関連者間取引の比較可能性分析(機能分析を含む)と整合性を有するべきであり、特に、当事者間のリスク配分を反映すべきである(当該リスクは独立企業間のものであるとする。第 1 章 D.1.2.1 参照)。例えば、製造活動のように資本集約的な活動の場合、営業上のリスク(市場リスク又は在庫リスク等)が限定的であったとしても、重要な投資リスクを伴っているかもしれない。そのような事案に取引単位営業利益法を適用する場合、営業利益指標を利益/投資(例えば、利益/資産、利益/使用資本)とすれば、投資関連リスクが営業利益指標に反映される。そのような指標は、関連者間取引のいずれの当事者が当該リスクを引受けるかに応じて、また、関連者間取引と比較対象取引との間で見られるかもしれないリスク差異の程度に応じて、調整する(又は異なる営業利益指標を選択する)必要があるかもしれない。差異調整に関する議論は、パラグラフ 3.47-3.54 参照。


2.93 分母は、(使用した資産や引き受けるリスクを踏まえ)検証対象者が調査対象取引について果たす機能から生じる価値に関する指標とすべきである。事案の事実と状況に応じて、一般的には、販売活動には売上や販売に係る営業費が、役務又は製造活動には総費用又は営業費用が、特定の製造活動又は公共事業などの資本集約的活動には営業資産が、適切な分母となるかもしれない。また、事案の状況によっては、その他の分母が適切なこともあるだろう。

 

■製造業の利益水準指標②

また、同じく製造業に適用するPLIの問題で、材料費率が高く付加価値の低い製造会社と、材料費率が低く付加価値の高い製造会社との比較においては、材料費を除いた費用に対する利益率が適切ではないか、という指摘がされている(P.96-97)。外部購入の材料費を除いたコストの大小が、その工場の機能の大小を表していると考えられる。このような指標はBSの数値を使わず、PLの数値のみで算出できるので、採用へのハードルは先の資本利益率よりも低いのかもしれない。比較対象企業の材料費率のデータがとれるかが難点であると指摘されているが、例えば、比較対象企業の抽出過程において、定量分析で候補企業を一定数に絞った後の段階での最終的な絞り込みの段階で、アニュアルレポート等にあたる、というような方法で、どうにか活用することはできないだろうか。

 

■無形資産の所在

「企業経営に従事する立場から見れば・・・生産現場における継続的な原価低減・生産性向上が製品の競争力向上に極めて大きな役割を担っていることは明らかである」にもかかわらず、「実際の移転価格税制上の算定においては、依然として『生産機能=ルーティン機能』という考え方が主流」(いずれもP.207)であると指摘されている。なぜ移転価格税制においては、一般的に、無形資産の存在は研究開発機能のみに限定して認められるのだろうか。工場の貢献が見えづらいからか?同業と比較したときの競争優位の要因は開発だけとは限らないのは当たり前であるが、話を単純にしないと、執行ができなくなってしまうからか?社内で移転価格税制の説明をするときに理解・納得を得られにくい点の一つである(工場間のものづくり力の差は、同じグループの中での工場間比較においてさえ厳然として存在している、そしてそれは開発と少なくとも同程度には重要、という見方はおかしいのだろうか)。