移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

森信夫編「移転価格の経済学」(中央経済社)

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これもカバーを紛失。

前に取り上げた『移転価格の経済分析』を「バイブル」の一つと紹介したが、続編にあたる本書も同じ。『移転価格の経済分析』と同様に、実務上の気付きが非常に多い本であったが、その中から2点のみ、取り上げたい。

 

■TNMMの限界

「ポストTNMMというのは、決して現行のTNMMを全否定するものではない。ただ、…BEPS問題の動向次第ではこれまで世界的に形成されてきた移転価格のルールが一変する可能性を秘めており、TNMMを主流とする“TNMM万能”時代の次を見据えた移転価格対応について考えていかなくてはならない局面に来ているという意味である。」(P.10)

 

「ポストTNMM」と言われ、企業の実務担当者としてはどうすればよいのか?「実務上はTNMMしかない」と言われてきて、いろいろと社内では反発を受けながらも、これまでTNMMに対応した仕組みを作り上げてきたのに、という思いはある。ただ、その一方で、「それも仕方ないかな」という思い、もっと言えば「それは当然である」という思いもある。

 

本書ではTNMMについて、「“割り切り”的な手法」と指摘している。これほどTNMMが「先進国を中心に支配的となっていった」のは、「実務的な優位性が大きな要因だった」。また、TNMMが支配的となった「経済的な背景」としては、「一般に国外子会社は進出してからの経験が浅いがゆえに単純な製造・組立や単純な輸入販売という限定的な機能を行う企業が大多数を占めていたため」、TNMMによる一定利益についての「合意形成がある程度可能であった」ためである。しかし、国外子会社も設立後、時間の経過とともに「その機能は複雑かつ深化」しており、多国籍企業グループ内の機能配置は複雑になる一方である(いずれもP.158)。

このような国外関連者側の機能の複雑化、深化は、まさに実際に日系の多国籍企業の多くで起きているという印象である。グループ企業において、市場や事業環境が変わっていく、事業そのものの中身も変わっていくなかにおいて、貴重な人材をずっと一定の役割に固定できるわけがない。徐々に国外子会社にも様々な貢献が求められていくのは、ビジネスを現場に近いレベルで発展させていくために、また、グループの資源の有効に活用するために、そして、もっと言えば、グループ各社で働く個々人が働き甲斐を感じるには「領空侵犯」や「越境」が絶えず必要になってくることを考えても、当然のことではないだろうか。これをずっと、TNMMが前提とする、取引当事者の一方(国外関連者)は「単純な機能・リスク」しか担わない、という「税務上のストーリー」に押し留めておくことには無理があるのではないだろうか。

 

本書では、研究開発機能についても、同様の流れがあることを指摘している。当初は「受託研究開発会社」(P.343)として設立された国外子会社でも、年数の経過とともに徐々に「現地市場を対象とした研究開発」(P.345)を手掛けるようになり、さらには「世界市場向けの新製品開発、生産技術開発」(P.345)も自律的に行うようになってくる、というような機能強化・深化が進んでいく、とのことである。そして、当初の「受託研究開発」においては、その対価は「受託研究開発会社で発生した費用に本社が一定のマークアップを乗せて設定し、ベンチマーク分析により独立企業間価格が検証される。無形資産の所有者は法的にも経済的にも本社に帰属する」(P.343)方法が採用されるものの、国外子会社側の研究開発機能が充実していくにつれ、この方法を継続していくことは難しくなっていく、と指摘されている。この点も海外進出している日系企業の多くで、実務上、まさに足元で起きていることであると感じるとともに、やはり、TNMMの「割り切り」の限界を感じる。

 

■TNMMの代替案としての利益分割法

本書ではTNMMの代替案の一つとして利益分割法が提案されている。「代替案としての利益分割法を、いかに現実的に運用可能で使い勝手の良い方法へと肉付けしていくか、という努力は今日的に極めて重要である」(P.65)。

 

実務担当者としては、本当に利益分割法がTNMMに取って代わるのであれば、「現実的に運用可能で使い勝手の良い方法」にしてもらいたい、と強く願う。これまでの利益分割法は、理論面ではともかく、使い勝手の面においては、極めて「使いにくい」方法、正直に言えば「怖くて使えない」方法と認識してきた。

「使いにくい」理由は山ほどあるが、TNMMとの比較での運用の難しさの一つが、TNMMは「的が固定されている」のに対して、利益分割法では「的そのものが動く」点である。つまり、TNMMでは、検証対象法人において達成すべき利益率が、ある程度想定できる(実際には比較対象取引の実績次第なのであるが、『ある程度』の事前想定はした上で運用を行うことができる)。だからこそ、棚卸取引価格の期中調整で利益率をコントロールすることができるのである。また、検証対象法人の利益率は一定のレンジが許容される。これに対して、利益分割法では連結利益額が決まってから、それを分割ファクターによって分ける。(連結利益額をどのように算出するのか、分割ファクターは何のか、という難しい問題は横に置いておくとして、)連結利益水準も動くし、かつ分割ファクター自体も動く。このような状態では、ある取引における「正しい利益配分」は締めてみないとわからない。また、このようにして算出される「正しい利益配分」はTNMMのようなレンジではなく、「点」で決まると理解している。そのため、「一括での価格調整金」が使えないと、「点」としての「正しい利益配分」は達成できないはずである。

利益分割法には「価格調整金」が一体不可分のものとして、セットで受け入れられない限り、実務上は使えないのではないかと考える。それには、現状のように「価格調整金」を受け入れる国もあれば、受け入れない国もある、という状態ではなく、各国税務当局が揃って認め(もちろん自国に都合の悪い「価格調整金の支払い」も認め)、かつ、関税・輸入消費税との現状のような摩擦(本書P.458でも言及されている)も解消された状態になっている必要がある。(というよりも、「ポストTNMM」時代に行く前の「TNMM時代」においても、「価格調整金」を使えるような環境整備を進めてほしい。)

 

本書の出版は2014年であり、現在までの約6年間の移転価格税制の変化を踏まえた続編の出版を、個人的にはとても期待している。

最後に、本書第18章「移転価格対応のための社内体制の整備に向けて」は、自社の移転価格対応状況が一般的にどの水準にあるのかを判断したり、どのような取り組みをしていけばいいのかを考えたりするのに、一つの指針として役に立つと思う。