移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

伊藤雄二・萩谷忠著「Q&A 移転価格税制のグレーゾーンと実務対応」(税務経理協会)

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題名の通り、実務上悩ましいケースを取り上げて、それに対して回答をする、という形式で構成されている。初心者の最初の本としては難しすぎると思うが、実務上、直面する問題が多くなってきてから手にとると良さそう。自分自身の業務で直面するケースと似たようなケースも多く、非常に参考になるが、何分、課税上の取り扱いが「グレーゾーン」にある分野ばかりを取り上げているだけに、実務上、「では、どうしたらよいのか」という点に関する回答も若干グレーかなという気もしたが、結局は自社のケースについては、それぞれで考えた上で対処しないといけないということかな、と思い直した。

■非経常的損失の取り扱い

大規模災害の影響で中国子会社(独自のノウハウを有さない単純製造会社)の操業度が低くなり、赤字が見込まれる場合に、損害を賠償することは移転価格上、問題があるか、というケースが取り上げられている(P.104)。非経常的損失は取引価格には影響させるべきではない、という回答だが、それに続けて、「別途損害のリスクを親会社、子会社のいずれが負担するのが独立企業原則に適っているのかについて推測しなければならない」(P.107)、また、「委託者の求めに応じて設備投資を行う受託製造会社の場合、その投資コストを受託製造の対価を通じて回収しようとします」(P.107)との指摘がある。例えば、今の新型コロナウィルスの流行が海外子会社の操業に影響した場合も似たような話だと思うが、結局、どうすべきなのか。

個人的には、「委託者の求めに応じて設備投資を行う受託製造会社の場合」、親会社が操業度リスクを負担している前提なのだから、基本的には子会社との取引価格に影響をさせて、親会社が損失を負う必要があると考えたが、どうなのだろうか。

 

■ロイヤリティ

上記と同じく、災害影響で赤字操業となる海外製造子会社に対し、ノウハウを供与している日本本社へのロイヤリティの支払いを免除するケース(P.143)。これも非経常的損失は除外して利益を計算すべきとの回答で、さらに、ロイヤリティを収受しなくても独立企業間レンジにおさまるようであれば、ロイヤリティはそもそも収受する必要がない、とのこと。

ロイヤリティは、①TNMMのなかで棚卸取引価格と一体の取引として考え、ロイヤリティを収受しなくても独立企業間レンジに収まるのであれば収受する必要がない、②ロイヤリティはノウハウを提供していることへの対価であり、その使用料として、あくまでも棚卸取引とは別の取引として収受する必要がある、のどちらなのだろうか。

移転価格税制(TNMM)の考え方からは①のように思うが、日本の国外関連者寄附金の観点から考えると②のように思う。このケースでは日本本社と海外製造子会社との間に棚卸取引はないように読めるが、その場合、①のようにTNMMの理屈で考えると、今回のケースとは逆に、海外子会社でレンジ以上の利益が出るようになった場合に、そのレンジ以上分をロイヤリティ料率引き上げ(変動ロイヤリティ)で対応する必要があるように思う。これを海外当局側は認めるのか、と考えると、実務上は相当難しいのではないか。また、②の観点からは、ロイヤリティを収受しなかった場合に、日本側で国外関連者寄附金の指摘を受ける可能性はないのか、が気になった。(利益率に応じてロイヤリティ額が変動することがあらかじめ事前の契約で両社間で合意できていればよいのか。)

 

■国外関連者寄附金と移転価格税制

海外製造子会社が「赤字に転落する見込み」であることから、日本本社から供給している原材料の販売価格を引き下げる場合に、国外関連者寄附金に認定される恐れはないかというケース(P.134)。措置法66の4①の移転価格税制と、同③の国外関連者に対する寄附金の全額損金不算入のどちらが適用されるのか。「国外関連取引は有償を約して行う取引であり、それに対して寄附金規定が適用される余地はほとんどない」(P.141)とのこと。

このように、「有償の国外関連取引=移転価格税制の対象」、「無償=寄附金の対象」とクリアに整理できるのであれば、実務担当者として懸念はないのであるが、課税の場面でも本当にこのような整理に基づく執行なのか、に不安がある。むしろ、実感としては、すべての国外関連取引について、まずは国外関連者寄附金の検討が行われ、それが問題ないとなって初めて移転価格税制上の検討に移る、という執行なのではないか、という怖さが拭えない。