移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

角田信広著「BEPS移転価格文書の最終チェック Q&A100」(中央経済社)

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BEPS最終報告書を受けた日本の平成28年税制改正における新しい移転価格文書の最初の提出が2018年3月以降、行われることになるタイミングである2017年12月に出版された本書では、その最初の提出に向け、各国税務当局の関心を引いてしまう「落とし穴」(P.1)について、新しい文書化制度が制定された目的・意図から解説している。新しい移転価格文書である「事業概況報告事項」、「国別報告事項」、「ローカルファイル」をすでに複数回、作成・提出している現時点においては、あらためて、新しい文書化制度が持つ意味とその「恐さ」を理解・復習する意味で読むべきであり、かつ、それは単に「文書化」のためだけではなく、本質的に自社の移転価格のガバナンスをどうすべきなのかを考える意味で必要だと思う。

ここでいう「恐さ」とは、本書を読んでの印象としては、何よりも、現状に不満を持ち、かつBEPSプロジェクトを中心とした昨今の移転価格税制を巡る変化を好機ととらえる新興国税務当局との関係である。

以下、この点に関して、本書を読んで私自身が理解した内容をメモしておく。(別の記事でも書いているが、あくまでも、私個人が理解した内容であり、誤解も多分に含まれることから、正確なところは必ず本書そのもの、ないし関連条文等にあたって頂きたい。)

 

  1. 現行の取引単位営業利益法(TNMM)では、無形資産の形成等への貢献の少ないと判断される新興国側に一定水準以上の利益を計上することはなかなかできない。また、子会社が所在する新興国側税務当局にとっては、自国所在の子会社の所得水準しか把握できず、グループ内での利益配分状況は見えなかった。
  2. 新興国税務当局としては、TNMMではなく、利益分割法(PS法)に何とか持ち込むことで、自国所得を増やしたいと考えている。
  3.  新しい文書化制度は、渇望していた多国籍企業のグローバル情報をもたらすものであり、これまでの限定された情報でのTNMM=片側検証から、PS法=両側検証を行える可能性が高まった。
  4. また、BEPS最終報告書における国際課税ルールの改革の方向性としての「価値創造における実質性重視」は、「実質性」の事実認定次第のところがあり、「今後、実質性に基づく分析を重視した事実認定による課税を行ってくる可能性が高まるものと考えられ」(P.3)る。また、そもそも新興国税務当局は、BEPSの問題を当初のタックス・ヘイブンへの利益移転や二重非課税だけでなく、「親会社等の所在する先進国への利益移転も問題」(P.190)と捉え、「グローバル利益の再配分を目指しているものと考えられ」る(P.191)。
  5. 企業側としては、新しい文書化制度にはこのような各国税務当局の「思惑」が絡んでいることを十分に認識した上で、移転価格文書を記述する必要がある。
  6. 具体的には「無形資産所在地とそれ以外をはっきりと区分して税務当局への説明を行っていく必要があ」る(P.261)。「仮に重要拠点の明確化を行わず、移転価格文書化において各国の関連者がそれぞれ無形資産の開発等に係る機能を有しているような、あいまいな説明を行うこととなれば、各国の税務当局は、自国の拠点にある機能を過大評価して、帰属利益の取り込みを行い二重課税となる可能性が高まる」(P.261)。

個人的にはいまの「TNMM全盛」が終わろうとしているのかどうか、潮目が変わりつつあるのか、に関心がある。TNMMはその手法の簡便性から企業側にとっても適用しやすく、また予見可能性も高い。しかし、一方で様々な割り切りに基づいて成り立っており、社内的には(一般的な企業人の感覚的には)、何というか、受けが悪い。PS法のハードルも相当高いように思うが、今から5年、10年たって、事情は大きく変わっているのだろうか。

上記の6.はその通りだと思う反面、実際には国境をまたがる企業活動は複雑さを増す一方であり、実態としては、「はっきりと区分」することがますます難しくなっていっている、と感じる。税務部門が社内で主導的な立場をとるべき、ということなのかもしれないが、事業上の必要性との折り合いをつけるのは難しい。