移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

Courseraを受講する①

www.coursera.org

Courseraという様々な大学のオンライン講義を提供しているサイトで、ある方が講義を受けられた経験を書いておられるブログを拝見して、税務に関連する講座はないか検索をしてみた。この時見つけた講義が、ライデン大学のProf. Dr. Sjoerd DoumaによるRethinking International Tax Lawという名前の講義で、今年の4月から6月にかけて少しずつ受講してみた。(Courseraとは、Wikipediaによれば、「スタンフォード大学コンピュータサイエンス教授Andrew NgとDaphne Kollerによって創立された教育技術の営利団体である。世界中の多くの大学と協力し、それらの大学のコースのいくつかを無償でオンライン上に提供している。2012年11月の時点で196カ国から1,900,241人もの生徒が一つ以上の授業に登録をした。」とのこと。)ただし、「受講した」とは言っても、課題を提出したり、テストを受けたり、受講者のコミュニティに参加したり…はせずに、動画を一通り見終わっただけなのだが。(なお、この講義は自分が受講した時点では無料だった。)

 

Rethinking International Tax Lawの講義は法人税における国際課税の仕組み、特に多国籍企業による租税回避の問題に焦点を当てて説明するもので、1週目から6週目の中で、それぞれ以下のテーマが取り上げられている。

1週目: International tax planning – base case

2週目: Design of corporate tax law systems

3週目: Principles of international taxation & tax treaties

4週目: Transfer pricing

5週目: European Union law & fiscal state aid

6週目: Tax planning & ethical dimensions

1週目に多国籍企業の租税回避のモデルケース(base case)が紹介され、2週目以降で租税回避を可能としている要素を一つずつ取り上げて解説していく。特徴的だと感じたのは、5週目にEUにおける租税回避への取り組み、特にState Aidの問題について取り上げていることと、6週目においては税務における倫理面の問題を取り上げていることである。特に後者は日本の(国際)税務の教科書で見かけることはあまりないように思うが、表面的に税法を遵守すること以上の倫理的な責任が企業にはあるのか、という問題を、様々な専門家へのインタビューを通して考える、という構成となっている。

 

各週の中では複数の小トピックが取り上げられ、各トピックごとに、5分から10分程度の短い動画と、必読文献Required Readingと、推奨文献Recommended Readingが提示されている。

動画を英語字幕を表示しながら聞き(場合によっては何度も巻き戻しながら)、紹介されている文献はごく一部を除き、ちらっと見る程度で進めて行った。この動画は非常に分かりやすく、初心者にも理解がしやすいように作られていると感じた。一つずつの動画の時間は短く、集中してみることができるし、すべての動画のtranscriptが掲載されているので、聞き取れなかったところもじっくり理解することができる。ただ、この講義が制作されたのがBEPSプロジェクト中の2015年辺りと思われ、今となっては内容がやや古いこと、そして、そのためか、紹介されている一部のリンク先へのアクセスができなくなってしまったものもある。昨今の国際税務の動向までを織り込んだアップデート版が作成されれば、ぜひまた受講したいと思う。

また、動画のわかりやすさ、とっつきやすさと比べて、紹介されている文献は一転して非常に読み応えのあるものばかりだと感じた。このレベル差、ギャップに正直言ってとまどった。私は海外の大学で勉強をした経験はないが、これが普通なのだろうか。

例えば、4週目の移転価格税制の中では、Apple Caseという小トピックがある。ここではアップル社の租税回避の解説動画を見た後に、以下の3点の文献を読むことが推奨されている。1点目はアメリカにおけるアップルの租税回避についての調査委員会の報告書、2点目はアップルが低い実効税率を実現できている要因を分析した論文、3点目は欧州委員会からアップルの租税回避の主たる舞台となったアイルランドへのレターである。

- Permanent Subcommittee on Investigations, Memo on Offshore Profit Shifting & Apple (May 21, 2013). 

- A. Tang, 'iTax - Apple's International Tax Structure and the Double Non-Taxation Issue', British Tax Review, no. 1, March 19, 2014. 

- European Commission, Letter to Ireland regarding the decision to initiate the formal procedure, C(2014) 3606 final 2014, alleged aid to Apple, 2014. 

いずれの文献も、当然のことながら、初心者への配慮は全くない。これら3つの推奨文献のうち、1点目のアメリカでの調査委員会報告書、2点目の論文については、時間をかけて、また、マルジナリア(山本貴光『マルジナリアでつかまえて』本の雑誌社)にたくさんの書き込みをしながら、読み込んでみた。(そこでの気付きは次回以降に書いてみたい。)このごく限られた体験から言えば、もしこの講義で紹介・推奨されているすべての文献を丹念に読み込めれば、相当理解が深まる(ついでに英語論文に対する慣れも生まれる)と思うが、現時点ではそこまでの気力はない…。

 

全体的に、この講義を通して、本などの文字情報を追っていくだけでは得られない理解が得られ、また、英文文献を読んでいくいいきっかけが得られた。自分の英語力、また、税務全般の知識レベルでは、英語の論文を一読しただけで理解できる水準には程遠いが、丹念に読み込めば全く歯が立たないものではないことも実感できた。繰り返しになるが、昨今の国際税務を巡る動向を踏まえたアップデート版があったら、とても嬉しい。