移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

伊藤恭彦著「タックス・ジャスティスーー税の政治哲学」風行社

伊藤恭彦著「タックス・ジャスティスーー税の政治哲学」風行社を(何度か目の)読了。

「移転価格税制の実務」からは一見遠いところにあるが、本書の主張には非常に共感、納得した。実務からは遠いとしても、税務という仕事の意味や、税務の仕事をする上で根底に持つべきものを考える上で、何度も立ち返るべき内容だと感じた。

 

以下、自分の関心を中心にした要約をメモとして残しておく。

  • 本書は市場社会における税を対象として、税は人間の尊厳を維持するために存在すると主張。
  • 税を考えることは、市場社会において私たちが政府に何を担わせたいのかを考えることである。民主主義社会においては「税の強制力は法律によって担保されて」(P.20)おり(租税法律主義)、法律は民主的手続きに則って決められていることから考えると、「私たちは自分たちで自分たちに課す税を決めている。つまり、私たちは、自らを強制して税を支払っている」(P.20)。「税を考える最も根本的な問いは、なぜ私たちは相互に強制して税を支払うのか、その理由は何かにある」(P.20)。
  • 「税は社会全体の公共目的のための手段」(P.38)であり、市場社会において政府が担うべき公共目的は人間の尊厳を守ること(P.52-3)。現実の政府の役割は様々あるが、これらの究極の目的は人々の幸福の実現であり、幸福の根底には各人の尊厳の維持がある。(P.59)
  • 市場社会では利益追求が優先されるなか、市場という複雑なメカニズムのなかでは知らないうちに弱い人間、傷つきやすい人間を搾取したり、そこから利益を得ているかもしれない。市場社会では全員が全員の尊厳を守ることはできず、また知らず知らずのうちに誰かの尊厳を傷つけているかもしれない。そこで政府が全員の尊厳を守る活動を遂行しているならば、「私たちは直接的ではないが、各人の尊厳を守ることになる」。(P.65)
  • 私たちが税を払う理由もここにある。「租税の根拠は尊厳ある生活を送る権利を相互に保証し合う仕組みに参加するゆえに発生する義務にある。」(P.66)
  • 脱税や租税回避はこのような尊厳損傷回避への貢献を意図的に行わないということを意味する。さらに、貢献すべき分を自らの取り分ともしている。これは「フェアプレーの義務」に違反するばかりでなく、市場の暴力的な構造を放置することで利益を得ているという点で、不正義を通して利益を得ているといえる。(P.118-9)
  • 「私たちは市場社会の猛威の前では弱く傷つきやすい存在であ」(P.200)り、誰もが「一回限りのリスクだらけの人生を…歩む」(P.203)なかで、その弱さ、「歩みを社会大で支える仕組みとして、すなわち、弱い人間の社会的連帯の仕組みとして、税を再考すべき」(P.203)である。

 

一橋ビジネススクール教授 楠木建先生の記事における以下ご主張もあわせて引用しておく。「ばんばん儲けて、ばんばん納税」こそが、企業の最大の社会貢献。

  • そもそも「納税」が企業ができる最大の社会貢献だというのが僕の考えです。顧客、従業員、株主という直接的なステークホルダーを差し引いた剰余部分を「社会」と考えれば、いちばんインパクトのある社会貢献は納税です。ばんばん儲けて、ばんばん納税――これが企業による社会貢献の本筋のはずです。その点で政治や行政、NPOとは大きく異なります。
  • 僕は過剰な租税回避の禁止はESGやSDGsの一丁目一番地だと思っています。
  • ESGやSDGsは大切ですが、経営を枝葉末節に向かわせてしまう危険性があります。僕は長期利益を経営者が真剣に考えて突き詰めることが、結果的にESGやSDGsを満足させる最善の道だと考えています。