移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

利益分割法の適用を避けるために

日系多国籍企業グループにおける大きな傾向として、海外子会社の機能が10年、20年以上前と比較して格段に強化されつつあるように感じる。これには業種、業態によって様々な要因があると思われるが、個人的には日本親会社、もっと言えば日本人社員だけでは立ち行かないほどに、需要が細分化されつつあること(「グローバルな需要」の減退の一方で、「ローカルな/個別の需要」の重要性が増していること)、また、海外子会社側の自然な成長意欲として、「健全な領域侵犯」をしていきたいという感情に応えていく必要があること、が背景にあるように思う。

ただ、その一方で、移転価格分野で考えると、このような海外子会社の機能強化に対応するための移転価格算定手法としては、教科書的には利益分割法の適用が必要になってくるが、利益分割法は揉める要素の多い、かつ運用も困難な算定方法であり、実務担当者の立場からはグループ内での適用は極力(というより本音では絶対に)避けたい(もちろん、余程のことがない限り、バイAPAも避けたい)。

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どうすれば利益分割法の適用を避けられるか、を考える上で「国際税務」2022年5月号の外国法共同事業 ジョーンズ・デイ法律事務所 弁護士 井上康一先生の解説記事、「移転価格税制についての素朴な疑問⑦ 最適方法はどのように選定されるか(2)」が非常に参考になる。

井上先生は上記解説記事において「OECD移転価格ガイドラインは、利益分割法が最適方法となるかどうかを判断するための指標として、以下の①から③までの三つを挙げている」と指摘する。(「国際税務」Web版で記事を参照しているため、以下の引用個所すべてについて、ページ数表記ができないが、いずれの引用も「4 利益分割法とTNMMの使い分け」の「(2)OECD移転価格ガイドラインの考え方」より。)

①対象取引に対し各関連者ユニークで価値ある貢献を行っていること…
②片側検証が妥当でないような高度に統合された事業活動を行っていること…
③当事者が経済的にみて需要なリスクを共同して引き受けているか、又は密接に関連する事業を個別に引き受けていること…

このうち、③のリスクの引き受けについて、さらに以下の通り指摘する。

…一方の当事者の対象取引に関する貢献がユニークで価値あるものだとしても、当該当事者の負担するリスクが限定的なものであれば、やはり、利益分割法の適用は正当化されないと思われる。例えば、重要な価値ある無形資産を有する当事者が自ら開発リスクを負担することなく、他の関連者の委託を受けて、R&Dサービスを提供する事例を考えてみよう。この事例の場合、R&Dサービスを提供する当事者は、重要な価値ある無形資産を活用し、「ユニークで価値ある貢献」を行うことになるものの、低リスク・サービス・プロバイダーにとどまるため、かかる開発行為から生ずる実際損益の配分に預かることはない。

つまり、上記①から③の三つの指標のうち、③のリスクの共同引き受けこそが、利益分割法の決定的な条件であると理解した。

グループ内で海外子会社の機能強化が事業遂行上避けられないなかで、移転価格算定手法として「利益分割法を極力避け、極力TNMMを適用したい」という実務担当者の観点からすれば、海外子会社の機能や貢献が「ユニークで価値あるもの」になったとしても、リスクを日本親会社が引き受ける取り決めにしておきさえすれば、利益分割法の適用は避けられるように思った。

あとはTNMMのなかで、どのように「ユニークで価値あるもの」に報いるか、つまり、この場合の独立企業間レンジをどのように設定すべきか、という論点に集中すればよいことになる。もちろん、これも容易なことではないが、利益分割法の適用よりは実務上遥かに取り組みやすい、また、グループ内及び対税務当局においても合意が得られやすいように感じる。

例えば製造機能あるいは販売機能を行う海外子会社において、何かしらの開発機能をも行う場合を想定すると、

  • コンパラブルの抽出条件における研究開発費や一般管理販売費の条件を緩めること(通常の単純製造、単純販売機能の検証対象法人についてのコンパラブルを抽出する場合よりも高い研究開発費率や販管費率を許容すること)
  • 単純製造・単純販売機能のコンパラブルから構成される利益率レンジを算定した上で、+αとして、「ユニークで価値あるもの」に対するリターンとしてのロイヤリティ的な利益をオンした上で利益率レンジを設定すること

…などが考えられるかもしれない。

 

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以下には③のリスクの引き受けについて、OECD移転価格ガイドラインの該当箇所として上記記事内で指摘されているパラグラフを引用しておく(下線は本ブログ記事筆者)。上記の繰り返しだが、「重要なリスクの引受けを共有」(2.139)しなければ、利益分割法の適用が適切ではなくなる、ということである。

2.121. 取引単位利益分割法のもう 1 つの長所としては、当該手法が、独立企業においては見られないかもしれない関連者の特殊でおそらくユニークな事実及び状況を考慮に入れることにより、柔軟性を提供し得ることである。さらに、取引に関して各当事者に高いレベルの不確実がある場合、例えば、経済的に重要なリスクの引受けを全当事者で分担する取引(又は、密接に関連した経済的に重要なリスクの個別の引き受け)において、取引単位利益分割法の柔軟性は、取引に関するリスクの実際の結果によって変化する各当事者の独立企業間利益の算定を可能にする。

2.126. 関連者間取引の各当事者によるユニークで価値ある貢献の存在は、おそらく取引単位利益分割法が適切かもしれないことを示す最も明確な指標となるだろう。取引が発生した業界、及びその業界において業績に影響する要因を含む取引の背景は、特に当事者らの貢献の評価、及びそれらの貢献がユニークで価値あるものであるかどうかに関係があり得る。事案の事実によっては、取引単位利益分割法が最適であることを示すその他の指標には、当該取引に係る事業活動が高度に統合されていること及び/又は取引の当事者による経済的に重要なリスクの引受けの共有(又は密接に関連する経済的に重要なリスクの個別の引受け)が含まれる。これらの指標は、相互に排他的なものではなく、反対に一つの事案において同時に見出されることがしばしばあることに留意することが重要である。

2.139. 取引単位利益分割法は、正確に描写された取引に従い、関連者間取引の各当事者が、取引に関する一又は複数の経済的に重要なリスクの引受けを共有している場合に、最も適切な手法と考えられるかもしれない(パラグラフ 1.95 参照)。

2.140. 取引単位利益分割法は、正確に描写された取引に従い、取引に関する様々な経済的に重要なリスクが各当事者によって個別に引き受けられているが、それらのリスクが密接に相互に関連し、及び/又は相関性を持っているため、各当事者のリスクの影響を信頼できる形で分離できない場合にも、最も適切な手法と考えられるかもしれない。第 2 章別添 II 事例 10 参照。

市場の圧力を社内に引き込む(西口敏宏「遠距離交際と近所づきあい」より)

            

移転価格そのものというよりも、管理会計や社内での業績評価について。

 

西口敏宏「遠距離交際と近所づきあい―成功する組織ネットワーク戦略」NTT出版、2007年(以下「本書」)において、フラクタル連鎖(fractal links)というものが説明されている:「フラクタル連鎖とは、構成要素の最小単位における関係性が、スケールを拡大していっても、自己相似的に見られる連鎖様式のことである。…自然界にはフラクタル構造が数多く見られる。例えば、鳥類の羽毛や、動物の脳、肺、腸の断面に至るまで、およそ限られた空間に詰め込まれ、単純な形態によって複雑な機能を自律的に果たすメカニズムには、頻繁にこの構造が見出される…」(P.97)。

(以下も参照。)

この世界を支配する美しき法則「フラクタル」《宇宙一わかりやすい科学の教科書》 | 天狼院書店 (tenro-in.com)

 

本書ではトヨティズムの強みを説明する第3章で、このフラクタル連鎖が説明され、その上で「トヨティズムにおけるフラクタル連鎖の基本ユニットは、ジャストインタイム…で結ばれた『サプライヤー・カスタマー関係』である。その最小単位は二人の成員間の供給者と顧客の関係であ」る(P.98)と指摘されている。以下は本書第3章からの引用(下線は本記事筆者)。

…一人一人が、同時にサプライヤーとカスタマーの役割をこなさなければならないことによって、供給する側と受け取る側という、全く対局的なものの見方、発想法、世界観に日々さらされ、二つの対立し矛盾する要件や問題に、直面することになる。…いくら想像力を働かせても、目に見えない向こうの建物にいる工員Bさんのことは、よく分からない。まして、最終消費者(顧客)のことなど、見当もつかない。ところが、すぐ隣の工員には手が届き、その顔色、態度を観察し、必要ならば声をかけて、同僚がどの程度不満か満足かを、直接確かめることができる。こうしたフラクタル連鎖に埋め込まれ、「カオスの縁」に追いやられるような日々の営みを通して、一人の工員が、二つの対立し矛盾するものの見方と、その間で発生する問題のジャストインタイムによる解決法を、体得する。(P.111)

市場の淘汰の圧力を組織内に「引き込み」、「擬似市場」的な機能を組織内に浸透させる。このことによって、待ったなしの問題解決への圧力が組織の隅々にまで行きわたり、官僚主義、事なかれ主義、無責任体制の打破を促す。(P.112)

市場の変化や…多様な要求に代表される外部ニーズに圧力を、複雑な制御機構や込み入ったルールに頼らずに、いかにして組織の内部、あるいはサプライチェーンなどを含む複雑なシステムの隅々にまで浸透させるかが、組織の存亡を決する重大な課題となる。(P.359)

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低リスク製造子会社の製品を親会社が買い取る際の売上価格設定は、移転価格税制に基づけば、製造子会社で製造にかかったコストに一定利益を上乗せして設定する方法が一般的であると思われる。しかし、この方法では「市場の淘汰の圧力を組織内に『引き込み』、『疑似市場』的な機能を組織内に浸透させ」ることができない。製造子会社はかかったコストを、かかった分だけ売上価格として請求できることになるからである。

そうではなくて、この製造子会社と親会社を含むグループ全体が最終得意先に販売する際の売上価格、という市場での取引価格を、何らかの形で「市場の淘汰の圧力」として、この製造子会社の親会社向け売上価格に一定反映させる必要がある。グループ企業全体として市場に対峙している関係と相似の関係を、フラクタル連鎖として、親会社と製造子会社との間に構築するのである。うまく構築できれば、製造子会社の損益計算書は、その製造子会社が生産している製品単位でのグループ連結損益と相似したものとなるはずである。そして、このようにしなければ、製造子会社にはコストダウンや改善活動のドライブはかからないし、事業運営に主体的に参画している認識が醸成されないであろう。

 

移転価格税制に基づく価格設定をするのは税法を遵守するという意味では当然ではあるが、それだけでは企業経営は成り立たないと思われる。「市場の淘汰の圧力」を取り込む方法は、製造子会社から親会社への売上価格に、最終顧客への売上価格の要素を反映させることだけではないと思われるが、何らかの形で市場圧力を引き込む工夫をしない限り、製造子会社の運営は自社都合のみを優先することになってしまうと思われる。

 

Amount B続き_公開協議文書への意見書(勉強用メモ⑥)

OECDが2023年7月17日に公表した第1の柱/利益Bに係る公開協議文書(PUBLIC CONSULTATION DOCUMENT Pillar One – Amount B 17 July 2023 –1 September 2023、以下「公開協議文書」という)については、すでに各所で解説されているので、ここではその中の気になる点に触れるとともに、公開協議文書に対して出された2つの意見書を見てみたい。

 

公開協議文書で気になった点

実務上、最も注目したのは、利益Bの適格取引として想定されているベースラインの販売活動に対して適用される、TNMMの適用を前提とした利益率水準について、以下のPricing Matrixが公開されたことである。(「公開協議文書」P.26、Figure 4.1)

上表は売上高営業利益率を示し、利益Bの適格取引の利益率は産業分類と、OAS(operating asset to sales intensity、売上高営業資産率), operating expense to sales intensity (OES、売上高販管費率)の高低に応じて決まるとされている。

このような形でグループの販売子会社の利益率が決まることは、実務的には非常にありがたいことではあるが、ここで気になったのは、売上高営業利益率レンジの狭さ(±0.5%の範囲)である。このようなピンポイントでの利益率の実現が果たして実務上可能なのか、ということである。このようなピンポイントの利益率を実現するためには、「価格調整金」が必要のように考えるが、「公開協議文書」ではそのような記述はなかったように思う。今後、「価格調整金」の使用が広く(バイAPAでの合意のような個別手続きを踏まずとも、また関税や付加価値税上の問題になることなく)認められることはあるのだろうか。

さらに、少し細かい点となるが、「公開協議文書」P.12に適格取引についての二つの条件が以下の通り示されているが、a.はよいとして、b.の販売子会社の売上高販管費率について、非常に高い場合(50%ないし30%を超過する場合)と、低い場合(3%を下回る場合)には対象外とする旨が示されている。非常に高い場合にはベースラインの販売活動を超える活動を行っていることが想定されるため、逆に非常に低い場合には販売活動すら行っていない(在庫を横流しているだけ?)ため、それぞれ利益Bの適格取引の対象外になるのだろうか?前者はベースライン以上の活動を行っているので利益Bの対象外になることは理解できるとして、後者は最も低い利益率(上表のマトリックスにおける分類[E])に該当するとしておけばいいように思うが、なぜあえて利益Bの対象外にするのだろうか?ベースライン販売活動以上にlow function/low riskなのだから、対象外とするのであれば、目安となる考え方なり、利益率なりを提示して議論が起きないようにしてほしい。



Lorraine Eden教授の意見書

”Pillar One Amount B: Simplifying the Arm's Length Principle for Baseline Distribution Activities”と題されたTexas A&M UniversityのLorraine Eden教授の利益Bについての意見書で気になった点を以下に列挙する。(正確には原文に当たって頂きたい。)

  • 利益Bは、公共性のある独占事業(通信会社や水道会社)に対する利益率規制のような経済政策と似たような意味合いを持つ。そのため、このような規制を有効に機能させながらも、規制に伴うマイナス影響を抑制する方法についての知見は経済学の分野で一定蓄積されており、これまでの知見を利益Bの制度設計に活かすべきである。
  • 利益Bは、OECDが提示する利益率を、企業側、税務当局側が利用できるセーフハーバーとして導入すべきである。その際にはすでに2022年版「OECD移転価格ガイドライン」の第4章別添Ⅰ「二国間セーフハーバーにかかるCA間覚書例」に組み込まれているMemorandum of Understanding(MOU、覚書)の建付けと組み合わされるべきである。(当記事筆者補足:当意見書にはこれ以上MOUとの関係についての説明はないが、CA=Competent Authority間で覚書を締結して、その中で「23. 適格企業が本覚書の規定の適用を受けることを選択する場合(a)その課税年度における適格取引に関係する適格企業の税引前純利益は、 適格企業の総純売上高の[]%以上[]%以下とする。」(「2022年版OECD移転価格ガイドラインの第4章別添Ⅰ」より)というような形で利益率を規定することを想定しているものと思われる。)
  • まずはベースライン販売活動にこのような方法を導入し、徐々にその他のベースライン活動(低機能、低資産、低リスクの活動)にも適用を拡大していくのがよい。(上記「OECD移転価格ガイドライン」の第4章別添Ⅰ「二国間セーフハーバーにかかるCA間覚書例」は、低リスク販売サービスのみならず、低リスク製造サービス、低リスク開発サービスも対象にしている。)

 

経団連の意見書

日本経済団体連合会の経済基盤本部が表明した「第1の柱 利益B 公開諮問文書への意見」(以下「経団連意見書」)は、「利益Bについては基本的にセーフハーバーとして企業が選択できるかたちで適用すべきと考える」(1. 総論)と主張する。

「納税者が十分な比較対象企業が確保できている等ALPに基づく最適な手法が正当化できる状況にあると考えられるのであれば、税務当局からチャレンジされるリスクは認識した上で、利益Bの採用を行わない事も選択可能とすべき」(3.(5))とするが、実務的には、「税務当局からチャレンジされるリスク」を取ってまで企業自身で抽出したコンパラブル及びそこから導き出される独立企業間レンジを主張し通すことはかなり厳しいように感じる。

その他、「経団連意見書」で述べられている見解で、実務上気になった、というよりも是非実現してほしい点を列挙する。

  • 「レンジが狭い場合、企業は期中の価格調整等の努力によっても期末に確実にレンジ幅の中に入れられるか期末直前まで分からず実務的な負担が大き」く、上で引用した「公開協議文書」Figure 4.1の±0.5%を「少なくとも±1~2%以上の幅とすることが適切」。(3.(2))
  • 「対象会社が利益Bのレンジ外となった場合、期末、あるいは、翌期に、価格調整金等により必要な所得調整を行うことが想定される。このような価格調整金等による対応が許容されることをガイドラインで明記することが不可欠である。また、この価格調整金に関し、基本的に送金国側での損金性を認めるべきであり」、「寄附金課税や源泉税等が課されることは許容すべきで」なく、また、「関税・付加価値税」とは「切り離して位置付け」られるべきである。(3.(2))

感想

どちらの意見書も、利益Bはセーフハーバーとして導入すべきと述べている。セーフハーバーとして導入されれば、これを適用しない選択を企業側が取りうるものと思われるが、実務的には、適用しない場合には「適用しない合理的な理由の説明」が必要になるはずである。そして、その「合理的な理由」とは「販売子会社ではあるが、利益Bの適格取引で想定されているベースライン販売活動を超える活動を行っている」(逆に「ベースライン活動を下回る活動」を主張する場合もあるかもしれないが)しかあり得ない。

しかし、「ベースライン販売活動を超える活動」かどうかは、主観的な見方に基づくので、企業側、販売子会社所在国の税務当局、親会社所在国の税務当局の間で見解が一致するとは限らない。見解が一致するとすれば、その販売子会社の売上高販管費率が相当高いなど、客観的な指標で示せる場合のみであろう。そういう状態でなければ、企業側としては、このセーフハーバーに従っておくのが無難、ということになりそうである。個人的にはそれでよいと考えるし、販売子会社として適切な利益率水準をOECDと各国税務当局が共同で提示してほしいと考える。

また、さらに、Eden教授が触れているように、利益Bと同様の方法を製造等、他の低機能・低リスクグループ会社にも順次拡大していってほしい。

より近々の実務的な課題としては、経団連意見書の通り、「価格調整金」を「安全に」使用できるような道筋を示してほしい。(±0.5%の幅しか許容しないのに、価格調整金を認めないとすれば実務者泣かせである。OECDや当局側は、企業側がどこまで利益率をコントロールできると思っているのだろうか?)

「OECD移転価格ガイドライン」第4章別添Ⅰ(低リスクサービスについてのCA間覚書例)

「国際税務」2023年9月号におけるジョーンズデイ法律事務所 井上康一先生による「移転価格税制についての素朴な疑問23 無形資産取引について何に留意すべきか(5)」において、「OECD移転価格ガイドライン」第4章別添Ⅰ「二国間セーフハーバーにかかるCA間覚書例」(以下「CA間覚書例」)が紹介されている。

これまで「OECDガイドライン」の添付資料にはほとんど目を通すことができておらず、この「CA間覚書例」についても読んだことがなかった。井上先生の解説を通してその存在を知ったので、通して読んでみた。以下はそのメモ。

まず、この別添は「低リスク販売機能、低リスク製造機能及び低リスク研究開発機能が関わる移転価格事案の一般的な区分に関して二国間セーフハーバーの交渉を行う際にCA(Competent Authority:権限ある当局)が利用できる覚書(MOU)のサンプルを定めるもの」とのことである。ここで列挙されたような一定の低リスク機能の委託・受託取引を行う際に、グループ会社同士が締結するための覚書ではなく、あくまでも当局間で締結する覚書の例であるが、グループ内取引、グループ内契約の検討に当たっての示唆が多い。

そもそも、CA間で二国間のセーフハーバーについての取り決めることがある、ということ自体、知らなかったが、その有用性について、「CA間覚書例」では以下の通り説明されている。(なお、MOUとは覚書のこと。)

販売マージンと製造マークアップは、地域を超えて、かつ、多くの業界にまたがって、相当程度一致することがある。そのため、これらの種類の事案について通常妥協できる範囲に関する指針は、合理的な範囲の結論が二国間で合意され、公表されれば、かなりの幅で、移転価格監査の件数を減らし、さらに CA が抱える訴訟などの移転価格紛争の件数を減らすという効力を有するかもしれない。(「OECD移転価格ガイドライン2022年版」仮訳P.412)

このような MOU が存在すれば、適格のある納税者は、自己の財務結果が対象のMOU に合意している国の双方により承認されるであろうことを理解して安心しながら、自己の財務結果がその合意されたセーフハーバーの範囲に収まるよう管理することができるようになるであろう。この種類のアプローチの前例として一般によく挙げられるのは、マキラドーラ事業のためのセーフハーバー利益幅に関するアメリカ合衆国とメキシコとの間の合意である。(同P.412)

リソース不足が深刻な発展途上国においては、多数の条約相手国との間で締結される二国間 MOU は、過度の執行努力なしに一般的な移転価格の事実状況において現地の税基盤を保護する手段を提供することができる。(「OECD移転価格ガイドライン2022年版」仮訳P.413)

ここの販売マージンについての記述は、Pillar 1のAmount Bの議論を想起させる。ここで言われている二国のCA間が実際に例示されているアメリカーメキシコ間の「マキラドーラ事案」以外にどの程度存在しているのかわからないが、二国間での取決めを拡大していき、多国間で締結しようという試みの一つがAmount Bなのだろうか。二つ目の引用で触れられている納税者にとってのメリットや、三つ目の引用における「リソース不足が深刻な発展途上国」にとってのメリットも、Amount Bで議論されている内容に近い(というより、そのままである)。

また、さらに、販売マージンのみならず、製造マークアップについても同様の認識、つまり地域や業界をまたがってマークアップ率が「相当程度一致する」ことについて触れていることも興味深い。これは将来的には、低リスクの製造機能についても、Amount Bのような制度が導入される可能性があるということだろうか、と思った。

各低リスクサービスについての覚書例をまとめてみる。(各数字は本第4章別添Ⅰの段落番号を示す。下線は当記事筆者。)

 

低リスク

製造サービス

低リスク

販売サービス

低リスク

開発サービス

受託する事業 受託者の主たる事業活動は、委託者のために製造サービスを実施すること、又は、委託者に対して販売する製品を製造すること。(4(b)) 受託者の主たる事業活動は、委託者のためにマーケティング・販売サービスを実施すること、又は、第三者に販売するために委託者から製品を購入すること。(20(b)) 受託者の主たる事業活動は、委託者のために研究開発サービスを実施すること。(36(b))
合意内容 受託者は委託者と事前に書面による合意を締結する。その内容は①委託者が製造活動に関連する主たる事業リスクを引き受ける、②委託者が下記の対価を支払う。(4(c)) 受託者は委託者と事前に書面による合意を締結する。その内容は①委託者が受託者のマーケティング・販売活動に関連する主たる事業リスクを引き受ける、②委託者が下記の対価を支払う。(20(c)) 受託者は委託者と事前に書面による合意を締結する。その内容は①委託者が開発に関する主たる事業リスク(研究開発が成功しないリスクを含む)を引き受ける②開発サービスによって生じた無形資産についての全ての利益は委託者に帰属する、③委託者が下記の対価を支払う。(36(c))
受託者が得るべき対価 受託者の対価は、受託者の総費用に対する一定率。(受託者が委託者から材料供給を受けるかどうかによって利益率は異なる。)(7(a,b)) 受託者の対価は、受託者の売上高に対する一定率。(23(a)) 受託者の対価は、受託者の総費用に対する一定率。(39(a))
その他 出荷した完成品在庫に対して受託者は所有権を保持せず、リスク負担も負わない。
受託者が保有する資産の一定率以上は工場、設備、原材料・仕掛品在庫で構成される。受託者が保有する完成品在庫は受託者の売上高の一定率未満。(4(f,h,i))
受託者が保有する完成品在庫は受託者の売上高の一定率未満。(20(h)) 受託者が実施する研究開発プログラムは、委託者が設計、指示及び制御する。(委託者によってdesigned, directed, and controlled。)(36(g))
       

それぞれの低リスクサービスに共通する取り決めは以下の通りである。

  • 受託者は委託者と事前に書面による合意を締結する。
  • 主たる事業リスクは委託者が引き受ける一方で、受託者が得るべき対価は限定される。(明示されていないが、必然的に、残余の利益・損失は委託者が享受ないし負担する。)

他方、それぞれに特有の取り決めのうち、重要なものは以下と理解した。

  • 開発サービスによって生じた無形資産についての全ての利益は委託者に帰属する。
  • 開発サービスの内容は、委託者が指示・コントロールする。
  • 製造サービス、開発サービスの場合の対価は「総費用」に対する一定率で設定される一方で、販売サービスについての対価は「売上高」に対する一定率である。

なお、無形資産については開発サービスについてのみ触れられているが、仮に製造、販売サービスの遂行によって構築される無形資産があるならば、その無形資産についての利益も委託者に帰属するものと考えられる。

重要なのは低リスクサービスの委託・受託取引に共通する取り決めである「主たる事業リスクは委託者が引き受ける。受託者が得るべき対価は限定される。」という点であろう。あらためて言うまでもないが、リスクの負担がグループ内利益配分を決定するポイントである。

(蛇足になるが、製造・開発サービスの対価が「総費用」に対する一定率であるのに対して、販売サービスの場合には「売上高」に対する一定率となるのはなぜなのだろうか。独立の販売代理人への対価がそのように設定されるから、ということだろうか。しかし、製造・開発サービスと、販売サービスに本質的な違いはなく、「売上高」に対する一定率では利益配分をしていることにならないのだろうか。「総費用」に対する一定率という対価の取り決めの下においては、受託者側にとって、掛けたコストは必ず回収されるため、一切のリスクはなく、少なくとも短期的には役務を実施することだけが求められ、成果は問われない。一方で「売上高」に対する一定率では、販売サービスを実施しただけでは対価が得られず、成果である「売上高」が必要となる。)

「世界標準の経営理論」からの示唆⑤(取引費用理論は独立企業間原則を否定する)

「世界標準の経営理論」(入山章栄著、ダイヤモンド社)に基づいて、移転価格税制のあれこれについて考えてみる試みの第5回。

今回は「第7章 取引費用理論(TCE)」を対象とする。

 

まず、取引費用理論の概要については、入山先生の本書ではなく、菊澤研宗「戦略の不条理」光文社新書P.162-168を参照したい。(下線は当記事筆者。)

…「取引コスト」を発見し、それが人間の行動に大きく影響することを説明したのは、1991年にノーベル経済学賞を受賞したロナルド・H・コースや、オリバー・E・ウィリアムソンたちです。
ウィリアムソンによれば、人間は…完全合理的ではなく、限定合理的であるとします。人間は情報を完全に収集、処理、伝達できず、限られた情報の中でのみ合理的に行動しようとするものと見なすわけです。しかも、人間は、隙あらば、…自己利益を追求しようとする機会主義的な存在でもあるとします。
このように、もしすべての人間が限定合理的で機会主義的であるならば、互いに知らない者同士が市場取引を行う場合、相手の不備につけ込んで、機会主義的に自分に有利になるような駆け引きをする者が現れてきます。すると、相手にだまされないように事前に相手を調査し、弁護士を雇って正式に取引契約をかわして契約後も履行を監視する必要がでてきます。… このように、交渉取引には多くの無駄な時間や労力が使われる可能性があり、このような非効率性のことを「取引コスト」と呼ぶのです。(P.163-4)

この「取引コスト」は「正確に測定し数値化すること」は「できない」し、「会計報告書に記載されうる費用では」なく、また「目に見えないもので」ある。「しかし、経営者は…この取引コストも意識してマネジメントを行っている」。(以上P.164より。)

ここで、入山先生の「第7章 取引費用理論(TCE)」に戻って、引用する。(下線は当記事筆者。)

・「TCEは『企業とは何か』ということまでを説明できる。」(P.140)

・「例えば、もし外注によって市場取引している…『調達』部分の取引コストが、外注による原価減少等のメリットよりも大きい…なら、その『調達』部分は企業に内部化した方が効率がいいことになる。この場合、『企業の範囲』は川上方向に伸びる(川上への垂直統合)。もしその逆(外部化による取引コスト<外部化の原価減のメリット)なら、外注したままの方が効率がよいので、企業の範囲は変わらない。」(P.141)

 ・「このようにTCEの視点からは『企業の存在とは、市場における取引コストが高い部分を内部に取り込んだもの』となるのだ。」(P.141)

・「…TCEは、『市場の対極にいるのが、企業である』と主張した…。」(P.141)

 ・「一般に、取引コストを抑えようとするほど、相手をコントロールする必要があるので、そのために投下する資金・生産コスト・販管費などがかかる。逆に合弁企業のように新しい組織をつくるよりは、技術ライセンシングの方がはるかに投下する資金はかからない。…TCEの視点からは、『取引コストを抑えられるコントロール度合い』と『そのための様々な諸費用の出費はトレードオフの関係にあ」る。(P.146)

以下はP.147の図表5「様々な取引ガバナンスの関係」を少し改変した図。上記の「トレードオフの関係」を自分で理解するために作ってみた。

事業会社にいる者として、買収を行うと、買収価額そのものも当然であるが、統合効果を十分に発揮するために必要となるPMI(Post Merger Integration)活動の費用が、買収を主導した事業部門のみならず、ありとあらゆる本社部門において発生することは強く実感する。しかも、その活動は買収当初のみならず、様々な形で続いていく。

ここで再度、菊澤先生の「戦略の不条理」に戻って、本書P.164-P.166にて紹介されている事例を取り上げたい。取引コストを理解する上で非常にわかりやすい。

以下簡単に要約する。

  • 日本メーカーA社は納期・品質面に優れる部品メーカーB社と取引を続けてきているが、その取引価格はやや高い。
  • この状況下で見知らぬ部品メーカーC社から、B社との価格よりもはるかに安価な供給の提案があったが、A社としてB社との取引を継続すべきか、それともC社に乗り換えるべきか?
  • この場合、A社は価格面のみならず「取引コスト」を意識するはず。B社との取引には不確実性や駆け引きがあまりなく、取引コストは低い一方で、C社と取引を新たに開始する場合には、C社の事前調査、取引開始後の監視が必要になる等の取引コストが多大に発生することが想定される。

あとはC社との取引によって「目に見えない」取引コストが増加する分と、C社が提供する「目に見える」部品コストの値下がり分との天秤によってA社の判断が下されることになるだろう。実際にはどちらかに絞るという選択だけでなく、C社を少量/お試し的に使ってみる等、選択肢はいろいろと考えられる。

さて、上記A社とB社/C社の事例をさらに活用して、B社あるいはC社を子会社化(BS社とCS社に名称変更)した時に、BS社/CS社との関連者間取引価格にCUP法を適用し、買収前のB社、C社との取引価格は使えるのだろうか、という点を考えてみたい。

  1. 仮にB社あるいはC社を子会社化する前に、B社/C社から2社調達していた場合で、かつC社価格は上記の通り「はるかに安価」だった場合に、B社との取引価格とC社との取引価格のどちらがCUP法において適用し得る市場価格となるのだろうか?
    • 直接的な取引価格だけを見た場合にはB社の方が高く、C社の方が安い。でもC社との取引には目に見えない取引コストがかかっている。目に見えている取引価格だけを見て、決められるのだろうか?
  2. 子会社化してしまうと、上図の通り、市場で取引していた時よりも取引コストは大きく減少する一方で、A社側の実際発生コストは増加する。買収によってこのような変化が発生するにもかかわらず、買収前価格を厳密な比較可能性が要求されるCUP法に使うことはできるのだろうか?
  3. 仮に買収前価格が、買収後のCUP法適用時の比較対象として使用できるとしても、それはいつまで有効なのだろうか。買収前価格はその時点でのA社とB社/C社との間の「力関係」の結果として決まったものであって、買収後はその「力関係」は変わってしまう。
  4. いろいろと考えていくとやはり、上記入山先生の本のP.141の引用の通り「市場の対極にいるのが、企業である」ということであり、市場取引を絶対的な基準としてグループ内取引に持ち込もうとする独立企業間原則には本来的な無理があると考えざるを得ない。

「見えざる資産」

まずは経営学者ではない方による説明。平川克美「ビジネスに『戦略』なんていらない」洋泉社新書より。(下線は当記事筆者。)

ひとことで言ってしまえば、お客さんと向き合って、喜んでもらえるという交換の基本を忘れないようにしようよ、ビジネスの全ての課題は、ビジネスの主体がお客さんと何をどのようにして交換したか、その結果、主体の側に何が残り、お客さんの側に何が残ったのかということの中にあるはずだということです。 そのときに、キャッシュ、商品、サービスといった眼に見えるものと同時に、信用、ブランド、誠意といった眼に見えないものが交換されていることが見えてきます。(P.36)

モノやサービスとお金との交換は、バランスシートに記載されるビジネスのハードエビデンスです。しかし、技術や誠意と交換される満足や信用といったものは、それをどれだけ会社が蓄えていても、損益計算書にもバランスシートにも記載されることはありません。それらはインビジブル・アセット、つまり見えない資産として会社に蓄積されてゆきます。(P.196)

ビジネスにとって最も根本的な課題。わたしは、それは売り手(主人)と買い手(顧客)との関係にあると考えています。この場合の顧客とは、文字どおり生産者、販売者に対する顧客である場合もあるし、部下に対する上司、あるいはパートナーであっても構いません。そして、この関係において遂行的な意味を持つのは「繰り返される」ということだと思っています。 顧客から繰り返し注文をいただくこと。上司から繰り返し機会を与えてもらうこと。パートナーと繰り返し協業できること。こういった繰り返しを保証するのは「信用」という見えない資産以外にはありません。(P.249)

「繰り返しを保証するのは『信用』という見えない資産」。ビジネスでは眼に見えるものと同時に、眼に見えない信用や誠意が交換されている。

次に神戸大学教授 三品和広先生による「戦略不全の因果」東洋経済新報社、P.110-112からの引用。(上記同様、下線は当記事筆者。)

企業活動は利益を生む一方で、その過程で様々な実績を残すことになる。その実績が、社外パートナーや顧客や社員の期待を裏切るものでなければ、対外信用残高がわずかながら増えていく。また、社内の技能蓄積がわずかながら厚くなる。逆にフローとしての利益を積み増すべくどこかで期待を裏切れば、ストックに傷がつく。 … 企業活動には市場で調達可能な経営資源だけでなく、こういう目に見えない資産が投入されている。伊丹(1980)が看破したとおり、必要に応じて市場で買えるものは戦略と縁がない。

企業活動の過程で蓄積される「対外信用残高」と「内部技能蓄積」が「見えざる資産」の正体。その形成には「10年、20年とかかる」(P.111-2)。

そして最後は、伊丹敬之・軽部大「見えざる資産の戦略と論理」日本経済新聞社

下線は当記事筆者。

(技術、ノウハウ、ブランド、システム力、サービス供給力、組織力と組織風土などの)見えざる資産は、一見すると「目に見えない」ということだけが共通点の雑多な「資産」の寄せ集めに見えるかもしれない。しかし、そうではない。これらに共通する本質的な特徴がある。それは、すべての見えざる資産が情報や知識に関連したものであることである。…すべて「情報的経営資源」なのである。(P.8)
情報が蓄積されている(技術やブランド)、情報を素早く処理する能力がある(システム力)、情報から適切な判断をする情報処理能力がある(サービス力)というように、見えざる資産はすべて、情報の蓄積量か、その処理能力に関連したものなのである。(P.9)

…情報の流れが事業活動の中で起きるそもそもの原因・契機を考えてみると、二種類の流れがある。一つは、情報そのものを収集あるいは伝達しようとして、意図的に情報活動を企業が起こすことによって発生する情報の流れである。「意図的な情報の流れ」と呼ぼう。(P.12)

もう一つの原因・契機は、日常的な仕事をするという行為そのものである。日常的な仕事をしていると自然に、あるいは副次的に、情報の流れが起きてしまう…。「副次的な情報の流れ」と呼ぼう。… たとえば、ある製品を売ろうとして営業マンが顧客のところを訪ねているうちに、顧客にさんざん文句を言われて、じつは顧客のニーズはその製品ではなく別のタイプの製品にあることを学んでくる…。営業マンが顧客を訪ねる第一義的な目的は、売り込みのためであって市場調査のためではないのだが、しかし、営業マンに学習能力があれば、副次的に情報の流れが起きるのである。(P.12)

たとえば、いい製品を実際に供給するという事業活動の基本そのものを地道にやっていると、「しっかりした企業」という信用が生まれてくる。それが口コミで顧客同士の間に伝わる…。そうした情報の流れを起こすことは、いい製品を供給することの第一義的目的ではない。そもそもは顧客満足を勝ち取り、自社の売上を拡大できるように、いい製品の供給を心がけているのである。しかし、その成功は、売り上げの拡大と会計的な利益を生むばかりではなく、副次的に企業の信用という情報の流れをも生み出してくれるのである。 … 仕事をするということは、じつは情報の流れを自然発生させていることなのである。(P.13)

…企業組織のどこかで環境から受け取られ、また蓄積された情報は、組織内の適切な意思決定者のところへスピーディかつゆがみなく伝達され、そこで適切な処理がなされなければ意味がない。… そのためには、「伝達」と「判断」の両方が大切となる。(P.17)

彼らの(補足:社員の)伝達や判断を左右している大きな要因は、彼らの情報処理(伝達と判断)の能力、努力、クセとでも言うべきものであろう。… 組織の人々の情報処理の能力、努力、クセなどは、言葉を換えれば経営管理能力であり、現場のモラールであり、そして組織風土である。組織風土とは、「ある組織に属する人々に共通かつ特有な情報の伝達・処理のパターン」である。それが、おそらく組織の内部の情報の流れに関連して考えるべき、もっとも大切な見えざる資産であろう。(P.18)

すべては、小さな情報の流れへのスタンスの積み重ねである。そのスタンス、あるいはパターンが見えざる資産として意味を持つのである。そしてなぜ意義が深いかと言えば、企業の成果は、組織に働く人々の小さな努力や活動の積み重ねの結果としてのみ、具体化するからである。…現場の活動がうまく行われるかどうかを、見えざる資産としての組織風土が左右しているのである。(P.19)

「見えざる資産はすべて、情報の蓄積量か、その処理能力に関連したもの」。「日常的な仕事をするという行為そのもの」によって、信用や顧客のニーズといった情報の流れが発生する。そして、発生した情報をどう処理するかを究極のところで決めているのは「スタンスの積み重ね」、「組織風土」。

みんな同じことを言っている。企業外(あるいは企業内でも同じ)とのやり取りを通じた信用という「見えざる資産」の蓄積。そして企業外とのやり取りを通じて得られる「小さな情報の流れ」に対する「スタンスの積み重ね」。

一体としての情報処理、その質を決めるグループ全体の組織風土、そしてグループ内のどこかがさぼるだけで損なわれてしまう信用。移転価格税制における、グループを切り刻む機能分化による理論的な利益配分は、まったくもって机上の空論である。

「世界標準の経営理論」からの示唆④(ポジショニングと移転価格)

前回の続き。

tpatsumoritaira.hatenablog.com

RBVにおける「価値があり、稀少性があるとされる企業リソース」が移転価格における無形資産の概念と対応するとするならば、SCPにおける産業属性やポジショニングは、移転価格税制上、どのように取り扱われていると考えればよいのだろうか?

  1. 移転価格税制で産業属性らしきものが登場するのは、移転価格算定手法としてTNMMを採用した場合の、比較対象企業を絞り込む過程における産業分類であろうか。
  2. ただ、この産業分類は粗すぎるし、これが登場するのがそもそも、検証対象法人としての機能・リスク限定型のグループ子会社の適正な利益率水準を割り出そうとするプロセスのなかであり、経営学におけるグループ全体の産業属性・ポジショニングの議論からは「ずれて」いる。より本質的には、グループ全体を一つの企業体として考えた場合の産業属性やポジショニングの巧拙によって発生する超過利益、ないし損失は移転価格税制上どのように扱われているのかを考えるべきであろう。
  3. 移転価格税制上、グループのほとんどの子会社との取引においてTNMMを採用する典型的な日系多国籍企業グループを考えた場合、超過利益は親会社に帰属させる、という整理になることが多い。これは結果的には、産業属性の選択の良し悪しや、ポジショニングの巧拙の責任を日本の親会社が取っている、ということになる。親会社がグループ全体の超過利益を総取りするのは、「開発機能を親会社がすべて担っているから」「重要な無形資産を親会社が保有するから」ではなく(そのように考えがちだし、もちろんその側面もあるのだが)、より本質的には「親会社がグループ全体の戦略を決定しているから」と考えるべきである。
  4. 神戸大学の三品教授は「長期の業績トレンドは、…事業のデザインや立地で上限が決まってくる。企業間の本質的な違いの一片は、固定度の高い事業デザインや事業立地に埋め込まれている」と主張する(戦略不全の因果―1013社の明暗はどこで分かれたのか | 三品 和広 |本 | 通販 | Amazon、P.125)。「事業デザインや事業立地」を決定することこそが、グループ全体の浮沈を決定づけているとするならば、移転価格税制がこの点を論じないのは不自然であると言わざるを得ないが、理論的には超過利益の親会社総取りの正当性をこのように考えた方が納得度は高い。そして、この立場に立つならば、超過利益の少なくとも大きな割合は定式配賦の対象たり得ず、親会社が総取りするしかない。