移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

「見えざる資産」

まずは経営学者ではない方による説明。平川克美「ビジネスに『戦略』なんていらない」洋泉社新書より。(下線は当記事筆者。)

ひとことで言ってしまえば、お客さんと向き合って、喜んでもらえるという交換の基本を忘れないようにしようよ、ビジネスの全ての課題は、ビジネスの主体がお客さんと何をどのようにして交換したか、その結果、主体の側に何が残り、お客さんの側に何が残ったのかということの中にあるはずだということです。 そのときに、キャッシュ、商品、サービスといった眼に見えるものと同時に、信用、ブランド、誠意といった眼に見えないものが交換されていることが見えてきます。(P.36)

モノやサービスとお金との交換は、バランスシートに記載されるビジネスのハードエビデンスです。しかし、技術や誠意と交換される満足や信用といったものは、それをどれだけ会社が蓄えていても、損益計算書にもバランスシートにも記載されることはありません。それらはインビジブル・アセット、つまり見えない資産として会社に蓄積されてゆきます。(P.196)

ビジネスにとって最も根本的な課題。わたしは、それは売り手(主人)と買い手(顧客)との関係にあると考えています。この場合の顧客とは、文字どおり生産者、販売者に対する顧客である場合もあるし、部下に対する上司、あるいはパートナーであっても構いません。そして、この関係において遂行的な意味を持つのは「繰り返される」ということだと思っています。 顧客から繰り返し注文をいただくこと。上司から繰り返し機会を与えてもらうこと。パートナーと繰り返し協業できること。こういった繰り返しを保証するのは「信用」という見えない資産以外にはありません。(P.249)

「繰り返しを保証するのは『信用』という見えない資産」。ビジネスでは眼に見えるものと同時に、眼に見えない信用や誠意が交換されている。

次に神戸大学教授 三品和広先生による「戦略不全の因果」東洋経済新報社、P.110-112からの引用。(上記同様、下線は当記事筆者。)

企業活動は利益を生む一方で、その過程で様々な実績を残すことになる。その実績が、社外パートナーや顧客や社員の期待を裏切るものでなければ、対外信用残高がわずかながら増えていく。また、社内の技能蓄積がわずかながら厚くなる。逆にフローとしての利益を積み増すべくどこかで期待を裏切れば、ストックに傷がつく。 … 企業活動には市場で調達可能な経営資源だけでなく、こういう目に見えない資産が投入されている。伊丹(1980)が看破したとおり、必要に応じて市場で買えるものは戦略と縁がない。

企業活動の過程で蓄積される「対外信用残高」と「内部技能蓄積」が「見えざる資産」の正体。その形成には「10年、20年とかかる」(P.111-2)。

そして最後は、伊丹敬之・軽部大「見えざる資産の戦略と論理」日本経済新聞社

下線は当記事筆者。

(技術、ノウハウ、ブランド、システム力、サービス供給力、組織力と組織風土などの)見えざる資産は、一見すると「目に見えない」ということだけが共通点の雑多な「資産」の寄せ集めに見えるかもしれない。しかし、そうではない。これらに共通する本質的な特徴がある。それは、すべての見えざる資産が情報や知識に関連したものであることである。…すべて「情報的経営資源」なのである。(P.8)
情報が蓄積されている(技術やブランド)、情報を素早く処理する能力がある(システム力)、情報から適切な判断をする情報処理能力がある(サービス力)というように、見えざる資産はすべて、情報の蓄積量か、その処理能力に関連したものなのである。(P.9)

…情報の流れが事業活動の中で起きるそもそもの原因・契機を考えてみると、二種類の流れがある。一つは、情報そのものを収集あるいは伝達しようとして、意図的に情報活動を企業が起こすことによって発生する情報の流れである。「意図的な情報の流れ」と呼ぼう。(P.12)

もう一つの原因・契機は、日常的な仕事をするという行為そのものである。日常的な仕事をしていると自然に、あるいは副次的に、情報の流れが起きてしまう…。「副次的な情報の流れ」と呼ぼう。… たとえば、ある製品を売ろうとして営業マンが顧客のところを訪ねているうちに、顧客にさんざん文句を言われて、じつは顧客のニーズはその製品ではなく別のタイプの製品にあることを学んでくる…。営業マンが顧客を訪ねる第一義的な目的は、売り込みのためであって市場調査のためではないのだが、しかし、営業マンに学習能力があれば、副次的に情報の流れが起きるのである。(P.12)

たとえば、いい製品を実際に供給するという事業活動の基本そのものを地道にやっていると、「しっかりした企業」という信用が生まれてくる。それが口コミで顧客同士の間に伝わる…。そうした情報の流れを起こすことは、いい製品を供給することの第一義的目的ではない。そもそもは顧客満足を勝ち取り、自社の売上を拡大できるように、いい製品の供給を心がけているのである。しかし、その成功は、売り上げの拡大と会計的な利益を生むばかりではなく、副次的に企業の信用という情報の流れをも生み出してくれるのである。 … 仕事をするということは、じつは情報の流れを自然発生させていることなのである。(P.13)

…企業組織のどこかで環境から受け取られ、また蓄積された情報は、組織内の適切な意思決定者のところへスピーディかつゆがみなく伝達され、そこで適切な処理がなされなければ意味がない。… そのためには、「伝達」と「判断」の両方が大切となる。(P.17)

彼らの(補足:社員の)伝達や判断を左右している大きな要因は、彼らの情報処理(伝達と判断)の能力、努力、クセとでも言うべきものであろう。… 組織の人々の情報処理の能力、努力、クセなどは、言葉を換えれば経営管理能力であり、現場のモラールであり、そして組織風土である。組織風土とは、「ある組織に属する人々に共通かつ特有な情報の伝達・処理のパターン」である。それが、おそらく組織の内部の情報の流れに関連して考えるべき、もっとも大切な見えざる資産であろう。(P.18)

すべては、小さな情報の流れへのスタンスの積み重ねである。そのスタンス、あるいはパターンが見えざる資産として意味を持つのである。そしてなぜ意義が深いかと言えば、企業の成果は、組織に働く人々の小さな努力や活動の積み重ねの結果としてのみ、具体化するからである。…現場の活動がうまく行われるかどうかを、見えざる資産としての組織風土が左右しているのである。(P.19)

「見えざる資産はすべて、情報の蓄積量か、その処理能力に関連したもの」。「日常的な仕事をするという行為そのもの」によって、信用や顧客のニーズといった情報の流れが発生する。そして、発生した情報をどう処理するかを究極のところで決めているのは「スタンスの積み重ね」、「組織風土」。

みんな同じことを言っている。企業外(あるいは企業内でも同じ)とのやり取りを通じた信用という「見えざる資産」の蓄積。そして企業外とのやり取りを通じて得られる「小さな情報の流れ」に対する「スタンスの積み重ね」。

一体としての情報処理、その質を決めるグループ全体の組織風土、そしてグループ内のどこかがさぼるだけで損なわれてしまう信用。移転価格税制における、グループを切り刻む機能分化による理論的な利益配分は、まったくもって机上の空論である。