移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

複数年度データ②

この記事で書いたことの続きを考えてみたい。

tpatsumoritaira.hatenablog.com

 

上記記事では、検証対象法人の利益率を単年度/複数年度のどちらの損益を用いて算定するか、そして比較対象取引も同様に単年度/複数年度のどちらを用いるか、なので、以下4通りの組み合わせで考えた。(ただし、このうち、パターン③は考えづらいので、実質的にはパターン①②④の3通りについて考えた。)

そして、各パターンにおいて、日本の移転価格税制やOECDガイドラインアメリカの移転価格税制での取り扱いを見た。

本記事では、納税者側の対応について考えてみたい。

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パターン①について

  • 厳密な意味で、課税時に使用される検証対象法人と同一年度の比較対象取引の単年度データは、納税者側の価格設定時(当該事業年度開始前、あるいは当該事業年度中)には存在しない。そのため、当局側課税時と同等の対応を、納税者側が取ることは不可能である。
  • できるとすれば、比較対象取引の「単年度」に、当該事業年度以前の特定年度の単年度データを適用することであるが、そうなると、その特定の過去年度データを使用する意味を見出しづらく、①は納税者側としては採用しづらい。

 

パターン②について

  • 上記の通り、どうせ課税時に使用される検証対象法人と同一年度の比較対象取引の単年度データがないのであれば、比較対象取引は複数年度データを取っておいた方が、特定事業年度においてたまたま発生したような変動の影響を回避できる、という意味において、実務上は複数年度の比較対象取引データを取得するパターン②と④の方が、パターン①よりも優先されるはずである。
  • となると、実務上の論点は、検証対象法人のデータとして、単年度を使用するか(②)、複数年度を使用するか(④)に絞られる。
  • この点に関しては、課税検討時には検証対象法人の単年度のみが検討される(②)こと(国税庁「別冊 移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」【事例27】(複数年度の考慮)の解説や、ここで引用されている租税特別措置法66条の4第1項)から、納税者としては②(検証対象:単年度、比較対象:複数年度)で運用しておくのが普通であろう。

 

パターン④について

  • 当局側検討時には④(検証対象:複数年度、比較対象:複数年度)が認められることは前の記事で見た通りであるが、納税者側として、価格設定を行う場合に、あるいは価格調整をある事業年度中に行う場合に、検証対象法人の複数年度データに基づくことは可能なのだろうか?
  • また、仮に可能だとして、その場合に、「検証対象法人の単年度データvs比較対象の複数年度データ」(②)で検証対象法人の利益率が比較対象取引のレンジに入っているかどうかをみるのと、「検証対象法人の複数年度データvs比較対象の複数年度データ」(④)でレンジに入っているかどうかをみるのと、どちらを優先したらよいのだろうか?
  • 例えば以下のケースAと、ケースB。
  • 前記事でも参照した藤枝純・角田信広著「移転価格税制の実務詳解(第2版)」中央経済社で指摘されている通り、「事業年度は人為的なものであることを鑑みると」(P.264)、単年度ではレンジに入っていないが複数年ではレンジに入っているケースAでは価格調整を見送り、単年度ではレンジに入っているが複数年ではレンジに入っていないケースBでは価格調整を行う(=検証対象法人の利益率を下げる方向で価格を調整する)のが、理論的には正しそうである。(つまり、パターン④(検証対象:複数年度)の検討が、パターン②(検証対象:単年度)の検討よりも優先、ということであるが、ここはもう少し詰める必要がありそう。)

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なお、実務上はさらに、相手国との関係が出てくるので、日本側だけの検討だけでは不足である。ケースBにおいて、検証対象法人の利益率を下げる方向で価格を調整した結果、単年の利益率が比較対象取引のレンジを下回ってしまった場合、検証対象法人の所在地国側で問題となってしまう。

となると、上記ケースBで問題視すべきなのは、今年が4%の利益率見通しにもかかわらず、複数年では10%の見通しであること、つまり過去年度において非常に高い利益率実績が出てしまったことであろう。

納税者としてはケースAもBも、検証対象法人の利益率を安定化できていないという点で価格調整はうまくいっておらず、価格設定のプロセスを見直すべきであろう。そして、どの年度のおいても、常に、検証対象法人の利益率を厳しくコントロールすることだけが、このような事態を避ける唯一の方法のようである。

(具体的にはいついかなる場合でも、常に中央値を目指すことであろうか?野球に例えれば、ど真ん中を目指して投げておけば、少なくともストライクゾーンには入るだろう、ということで…。また、相手国側との関係で言えば、同じく藤枝純・角田信広著「移転価格税制の実務詳解(第2版)」で触れられているような”Cherry Picking”(P.263)的な課税をしてくる税務当局が相手となるかどうかも関係してきそうである。)