移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

ロイヤルティ(無形資産の使用料)取引の基本

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前回の役務提供取引に引き続き、実務の基本的な勉強として、ロイヤルティ(無形資産の使用料)取引についてのメモをまとめる。もとにさせて頂いたのは前回同様、佐和周著「海外進出企業の税務調査対策チェックリスト」中央経済社と、佐和周著「海外取引の経理実務 ケース50」中央経済社の2冊(具体的には前者の第5章の1-3,3-7、後者の第3章「無形資産取引の経理処理」)。なお、厳密なところは、これらの本ないし他の書籍、そして税法にあたって頂きたい。また、海外関係会社にロイヤルティを支払う場合については、自分の実務上生じていないため、省略した。

 

■海外関係会社からロイヤルティを受け取る

①対価を決める

  • 日本親会社に帰属する無形資産を海外関係会社に使用させている場合、ロイヤルティ(使用料)を回収する必要がある。
  • ロイヤルティの独立企業間価格の算定は(1)ロイヤルティのデータベース等から比較対象取引を選定する独立価格比準法、ないし、(2)TNMMに基づき、海外関係会社の超過収益を日本に寄せるために、逆算でロイヤルティ料率を算定する方法、のいずれかを用いることになる。措置法通達66の4(8)-7「無形資産の使用許諾等の取扱い」には以下の通り定められている。

66の4(8)-7 無形資産の使用許諾又は譲渡の取引について、独立価格比準法と同等の方法を適用する場合には、比較対象取引に係る無形資産が国外関連取引に係る無形資産と同種であり、かつ、比較対象取引に係る使用許諾又は譲渡の時期、使用許諾の期間等の使用許諾又は譲渡の条件が国外関連取引と同様であることを要することに留意する。また、無形資産の使用許諾又は譲渡の取引について、原価基準法と同等の方法を適用する場合には、比較対象取引に係る無形資産が国外関連取引に係る無形資産と同種又は類似であり、かつ、上記の無形資産の使用許諾又は譲渡の条件と同様であることを要することに留意する。

  • 上記通達に定める原価基準法の適用については、羽床正秀編「移転価格税制詳解 令和2年版」P.144において、OECDガイドラインの「無形資産の開発費用に基づいて無形資産価値の推定を行う移転価格算定手法を使用することは、一般的に避けるべき(パラグラフ6.142)」を引用し、原価基準法の適用が難しい旨が指摘されている。
  • また、(2)のTNMMを用いる方法については、「別冊事例集」事例6≪前提条件3≫解説3を参照する必要がある。(詳細の検討は別途行いたい。)
  • 回収漏れがあった場合には、国外関連者寄附金の指摘リスクが高くなる。(「海外進出企業の税務調査対策チェックリスト」3-7④(P.143)において、「設立後間もない会社や赤字の会社からもロイヤルティを回収しているか」というチェック項目があり、回収を見合わせている場合には日本側の税務調査で「回収漏れ」の指摘を受けやすい、とされている。しかし、上記(2)の理屈を採用していた場合には、どうなるのだろうか?海外関係会社が赤字の場合、超過収益どころか、海外側に損失を与えていることになってしまい、海外当局側からは逆に指摘を受けそうである。)
  • ロイヤルティとしての個別回収ではなく、製品価格に含めて回収し、ロイヤルティとしての個別回収を省略することも可能。ただし、この場合は、日本親会社が無形資産を使用させている海外関係会社の製品を全量買い上げしている必要がある。日本親会社が介在しない外ー外取引がある場合には、省略ができない。(取引単位の問題については別の記事でも検討した。)

 

②収益認識

  • 会計上は、期間対応分のロイヤルティを収益認識する。
  • 税務上は、ロイヤルティの額が確定した日の属する事業年度の益金に算入するのが原則。ただし、継続適用を条件に、契約上ロイヤルティ支払いを受けることになっている日の属する事業年度の益金に算入する、という取り扱いも可能。(法基通2-1-30)

 

③契約書の準備、対価の計算

  • ロイヤルティの回収は、一般的には契約書に基づくべき。
  • ロイヤルティ額は、一般的には海外関係会社側において、売上高の一定パーセントという形で計算される。計算は当然、契約書に定められた方法に基づいて行われる必要がある。

 

④請求する場合の消費税の取り扱い

  • 役務提供の内外判定:原則として、(1)特許の場合は、権利を登録した機関の所在地により判定される。つまり、日本国外でのみ登録されている特許の実施権の場合は国外取引、日本でのみの登録の場合は国内取引、また、2ヵ国以上での登録の場合は権利の譲渡・貸し付けをする者の所在地となるため国内取引、(2)権利登録のないノウハウの場合は、権利の譲渡・貸し付けをする者の所在地となるため国内取引。
    →ここで国外取引と判定されれば、消費税は「不課税」となり、それ以上の検討は不要。国内取引と判定されれば、以下の検討に進む。
  • 輸出免税取引の判定:非居住者に対する無形資産の貸付・譲渡は、基本的には「輸出免税」の対象。

⑤対価の入金を受ける(外国税額控除の適用)

  • 海外からロイヤルティの入金を受ける場合、海外で源泉徴収が行われることが多い。
  • ただし、多くの場合、租税条約を適用することにより、源泉税率を低減させることができるため、租税条約の適用手続きを行う。
  • 租税条約適用後、それでも残った源泉税については、海外での源泉地国課税、日本での居住地国課税、の二重課税を解消するために、日本側で外国税額控除の適用を検討する。

グループ内役務提供取引の基本

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実務の勉強として、知らないわけではないが、体系的には勉強してこなかったグループ内役務提供取引についてのメモをまとめる。もとにさせて頂いたのは佐和周著「海外進出企業の税務調査対策チェックリスト」中央経済社、佐和周著「海外取引の経理実務 ケース50」中央経済社の2冊(具体的には前者の第5章の1-7,1-8,3-5,3-6、後者の第4章「役務提供取引の経理処理」)。佐和先生の本は税の種類ではなく、それぞれの場面で必要な知識を横断してまとめているので、実務で非常に使いやすく、他にも数冊、手元に置いている。なお、厳密なところは、これらの本ないし他の書籍、そして税法にあたって頂きたい。

 

■海外関係会社に役務提供を行う

①対価回収の必要性の判断・対価を決める

  • 海外関係会社に対する役務提供の対価回収の必要性を判断する際の、基本的な考え方は、移転価格事務運営要領3-10(1)~(3)に以下の通り定められている。(下線筆者。)

移転価格事務運営要領3-10(企業グループ内における役務提供の取扱い)

(1) 次に掲げる経営、技術、財務又は営業上の活動その他の法人が行う活動が国外関連者に対する役務提供に該当するかどうかは、当該活動が当該国外関連者にとって経済的又は商業的価値を有するものかどうかにより判断する。具体的には、法人が当該活動を行わなかったとした場合に、国外関連者が自ら当該活動と同様の活動を行う必要があると認められるかどうか又は非関連者が他の非関連者から法人が行う活動と内容、時期、期間その他の条件が同様である活動を受けた場合に対価を支払うかどうかにより判断する。

イ 企画又は調整

ロ 予算の管理又は財務上の助言

ハ 会計、監査、税務又は法務

ニ 債権又は債務の管理又は処理

ホ 情報通信システムの運用、保守又は管理

へ キャッシュ・フロー又は支払能力の管理

ト 資金の運用又は調達

チ 利子率又は外国為替レートに係るリスク管理

リ 製造、購買、販売、物流又はマーケティングに係る支援

ヌ 雇用、教育その他の従業員の管理に関する事務

ル 広告宣伝

(注) 「法人が行う活動」には、法人が国外関連者の要請に応じて随時活動を行い得るよう定常的に当該活動に必要な人員や設備等を利用可能な状態に維持している場合が含まれることに留意する。

(2) 法人が行う活動と非関連者が国外関連者に対して行う活動又は国外関連者が自らのために行う活動との間で、その内容において重複(一時的に生ずるもの及び事実判断の誤りに係るリスクを軽減させるために生ずるものを除く。)がある場合には、当該法人が行う活動は、国外関連者に対する役務提供に該当しない。

(3) 国外関連者の株主又は出資者としての地位を有する法人(以下(3)において「親会社」という。)が行う活動であって次に掲げるもの(当該活動の準備のために行われる活動を含む。)は、国外関連者に対する役務提供に該当しない。

イ 親会社が発行している株式の金融商品取引法(昭和23年法律第25号)第2条第16項(定義)に規定する金融商品取引所への上場

ロ 親会社の株主総会の開催、株式の発行その他の親会社に係る組織上の活動であって親会社がその遵守すべき法令に基づいて行うもの

ハ 親会社による金融商品取引法第24条第1項(有価証券報告書の提出)に規定する有価証券報告書の作成(親会社が有価証券報告書を作成するために親会社としての地位に基づいて行う国外関連者の会計帳簿の監査を含む。)又は親会社による連結財務諸表(措置法第66条の4の4第4項第1号に規定する連結財務諸表をいう。以下同じ。)の作成その他の親会社がその遵守すべき法令に基づいて行う書類の作成

ニ 親会社が国外関連者に係る株式又は出資の持分を取得するために行う資金調達

ホ 親会社が当該親会社の株主その他の投資家に向けて行う広報

ヘ 親会社による国別報告事項に係る記録の作成その他の親会社がその遵守すべき租税に関する法令に基づいて行う活動

ト 親会社が会社法(平成17年法律第86号)第348条第3項第4号(業務の執行)に基づいて行う企業集団の業務の適正を確保するための必要な体制の整備その他のコーポレート・ガバナンスに関する活動

チ その他親会社が専ら自らのために行う国外関連者の株主又は出資者としての活動

(注)1 例えば、親会社が国外関連者に対して行う特定の業務に係る企画、緊急時の管理若しくは技術的助言又は日々の経営に関する助言は、イからチまでに掲げる活動には該当しないことから、これらが(1)に定めるとおり当該国外関連者にとって経済的又は商業的価値を有するものである場合((2)に該当する場合を除く。2において同じ。)には、国外関連者に対する役務提供に該当する。

2 親会社が国外関連者に対する投資の保全を目的として行う活動についても、(1)に定めるとおり当該国外関連者にとって経済的又は商業的価値を有するものである場合には、国外関連者に対する役務提供に該当する。

  • 上記事務運営要領3-10(1)(注)に注意が必要(オンコール取引)。
  • 対価回収の必要性の判断に当たっては、国税庁「別冊 移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」の【事例26】(企業グループ内役務提供)が参考になる。これをみると、基本的には、上記事務運営要領3-10(2)の株主活動・重複活動を除き、海外関係会社に何かしらの役務提供を行った場合には、対価を回収すべき、ということになる。
  • 対価回収が必要となる場合には、役務提供に要した総原価の額に、一定のマークアップをした金額をその対価とする。マークアップ率は独立企業間原則に則り、比較対象取引に適用された率を使用する必要がある。(租税特別措置法関係通達66の4(8)-6には以下の通り、説明されている。前半の「独立価格比準法と同等の方法」は、グループ内向けとグループ外向けに同じ役務を提供している場合にのみ検討される方法と理解し、基本的には「原価基準法と同等の方法」を適用。)また、総原価には役務提供に関連する直接費のみならず、間接費までを含める。

(役務提供の取扱い)

66の4(8)-6 役務提供取引について独立価格比準法と同等の方法を適用する場合には、比較対象取引に係る役務が国外関連取引に係る役務と同種であり、かつ、比較対象取引に係る役務提供の時期、役務提供の期間等の役務提供の条件が国外関連取引と同様であることを要することに留意する。また、役務提供取引について、原価基準法と同等の方法を適用する場合には、比較対象取引に係る役務が国外関連取引に係る役務と同種又は類似であり、かつ、上記の役務提供の条件と同様であることを要することに留意する。

  • 実務上は、多種多様な内容の、かつ、金額的な重要性も様々な、グループ内役務提供取引の一つ一つについて、「国外関連取引に係る役務と同種又は類似であり、かつ、上記の役務提供の条件と同様である」比較対象取引を見つけてくることは難しいように思う。一般的には、「決め打ちのマークアップ率」を広く適用することになるように思うが、このことに伴う問題点、また、移転価格事務運営要領3-11(企業グループ内における役務提供に係る独立企業間価格の検討)に定める低付加価値役務提供との関係については、ここでは省略する(別途勉強)。
  • 対価の回収漏れは国外関連者寄附金の指摘を受けることになる。一方で、対価の妥当性は移転価格税制の問題となる。

 

②収益認識

  • 会計、税務ともに役務提供の完了した時点で収益認識・益金算入するのが原則。

法人税法基本通達2-1-5 《請負による収益の帰属の時期》

請負による収益の額は、別に定めるものを除き、物の引き渡しを要する請負契約にあってはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日、物の引き渡しを要しない請負契約にあってはその約した役務の全部を完了した日の属する事業年度の益金の額に算入する。

  • 報酬額が一定の期間ごと、あるいは段階ごとに確定する契約の場合には、その確定した金額をその確定した日の属する事業年度の益金に算入。(会計上も期間対応させる。)
  • 着手金等は、収受した日の属する事業年度の益金に算入。

法人税法基本通達2-1-12《技術役務の提供に係る報酬の帰属の時期》

設計、作業の指揮監督、技術指導その他の技術役務の提供を行ったことによる受ける報酬の額は、原則としてその約した役務の全部の提供を完了した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが、その技術役務の提供について次に掲げるような事実がある場合には、その支払を受けるべき報酬の額が確定する都度その確定した金額をその確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するものとする。…

(1)報酬の額が現地に派遣する技術者等の数及び滞在期間の日数等により算定され、かつ、一定の期間ごとにその金額を確定させて支払を受けることとなっている場合

(2)例えば基本設計に係る報酬の額と部分設計に係る報酬の額が区分されている場合のように、報酬の額が作業の段階ごとに区分され、かつ、それぞれの段階の作業が完了する都度その金額を確定させて支払を受けることとなっている場合

(注)技術役務の提供に係る契約に関連してその着手費用に充当する目的で相手方から収受する仕度金、着手金等の額は、後日精算して剰余金があれば返還することになっているものを除き、その収受した日の属する事業年度の益金の額に算入する。

  • 企業会計原則注解【注5】は、一定の契約に従い継続して役務の提供を行う場合の収益は、時間の経過に応じて認識すべきと定める。

 

③契約書の準備、対価の計算

  • 役務提供取引を始めるにあたって、一般的には契約書を締結する。
  • 対価の計算は契約書に基づいて行われる必要がある。その場合に、役務提供側(日本親会社側)のコストの集計状況が調査では確認される。上記の通り、総原価には間接費まで含める必要がある。
  • また、役務提供取引は「目に見えづらい」ので、現地側で問題になりやすいが、実際に役務提供が行われたこと、またその役務提供が現地側に便益をもたらしたことを示せるような資料を備えておく必要がある。

 

④請求する場合の消費税の取り扱い

  • 役務提供の内外判定:原則として役務の提供が行われた場所が国内かどうかにより判定する。国内外双方で行われる場合や役務提供が行われた場所が明確でない場合には、役務提供を行う者の役務の提供に係る事務所等の所在地により判定する(基本的に所在地は日本であることから、国内取引となる)。
    →ここで国外取引と判定されれば、消費税は「不課税」となり、それ以上の検討は不要。国内取引と判定されれば、以下の検討に進む。
  • 輸出免税取引の判定:非居住者に対する役務提供は、基本的には「輸出免税」の対象。(国内において直接便益を享受するものは除く、つまり課税売上となる。)

 

⑤対価の入金を受ける(外国税額控除の適用)

  •  海外から役務提供の対価の入金を受ける場合、海外で源泉徴収が行われないことが多いが、源泉税を課されている場合には、名目を確認し、妥当であれば(租税条約に適合する課税であれば)、外国税額控除の適用を検討する。
  • 一方で租税条約に適合しない課税の場合、日本で外国税額控除の対象とならないため、海外側で還付を求めることでしか二重課税を解消することはできない。
  • 特に新興国においては、日本企業による役務提供は、通常何らかの無形資産の提供を伴うものとして、使用料(ロイヤリティ)扱いで源泉税を課されてしまう場合がある。

 

■海外関係会社から役務提供を受ける

①対価回収の必要性の判断・対価を決める/③契約書の準備、対価の計算

  • 基本的には「海外関係会社に役務提供を行う」場合の対価回収の必要性の判断、対価の決め方、対価の計算、契約書・証憑等の用意と同じ。上記の「海外関係会社に役務提供を行う」場合で引用した移転価格事務運営要領3-10の続きには以下のように説明されている。

(4) 国外関連者が行う活動が法人に対する役務提供に該当するかどうかについては、(1)及び(2)と同様の方法により判断する。また、法人の株主又は出資者としての地位を有する国外関連者が行う活動が当該法人に対する役務提供に該当するかどうかについては、(3)と同様の方法により判断する。

  • 証憑については、海外関係会社側が役務の提供を受けた場合と同様に、日本側において、海外関係会社から役務の提供を受けた実態を国税に説明できるように準備しておかないと、国外関連者寄附金を適用される可能性があることに注意が必要。移転価格事務運営要領3-10では以下の通り説明されている。

(5) 法人が国外関連者に対し支払うべき役務提供に係る対価の額の妥当性を検討するため、当該法人に対し、当該役務提供の内容等が記載された書類の提示又は提出を求めることとする。この場合において、当該役務提供の実態が確認できないときは、措置法第66条の4第3項の規定の適用について検討することに留意する。

 

②費用認識

「販売費、一般管理費その他の費用」については、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用のうち、償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務が確定しているものに限られています。

この償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務が確定しているものとは、別に定めるものを除き、次に掲げる要件の全てに該当するものをいいます。

  1. (1) 当該事業年度終了の日までに当該費用に係る債務が成立していること。
  2. (2) 当該事業年度終了の日までに当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。
  3. (3) 当該事業年度終了の日までにその金額を合理的に算定することができるものであること。
     修繕費を例にとると、建物等の修繕を発注し、業者によって修繕が完了し、かつ金額の見積りが客観的にでき得る状況にあれば、上記の3つの要件を満たし未払金等として計上できることになります。

(法法22、法基通2-2-12)

 

④対価の送金を行う(源泉徴収

  • 海外関係会社に対して役務提供の対価を支払う場合には、源泉徴収の要否を検討する必要がある。
  • 検討の順序としては、まず日本の所得税法に基づく検討、次に租税条約に基づく検討を行う。
  • 所得税法においては、国内における人的役務提供事業の対価は国内源泉所得となる。そのため、対価の支払いにあたっては20%の源泉徴収が必要となる。租税条約を締結していない相手国との取引については、これが最終的な結論となる。
  • 租税条約においては、人的役務提供事業の対価は「事業所得」に該当する場合が多く、事業所得については、役務提供者である海外関係会社が日本にPEを有しない限りは日本の課税は行われない(源泉徴収は不要)。 

歴史は繰り返す、か?

以下の日系企業に対する移転価格税制についてのアンケート調査結果の上位回答は、どこの国を念頭に置いた回答だと思われるだろうか。

  • 明確な基準がないままに税務当局の判断により所得の増額更正が行われるおそれがある
  • 商品の利益率が低い場合や欠損会社の場合に問題となる恐れがある
  • 税務当局の担当調査官の事業活動に対する認識が浅く認識の相違によるトラブルが懸念される

 中国、インド等の新興国における移転価格税制の執行についての懸念の表明と思われただろうか。実はこれは在米日系企業に対する1990年代の移転価格税制についての懸念事項を尋ねたアンケートの調査結果である。(古田秋太郎『企業グローバリゼーションと移転価格税制』(「中京経営研究」第9巻第1号 1999年9月)に引用されている『日外協マンスリー』No.14 1995年5月より。ただし、下線部は改変。当記事の以下の引用はいずれも本論文より。)つまり、当時アメリカに進出していた日系企業は、現在、中国等に進出している日系企業が抱いている移転価格税制についての懸念を、アメリカのIRS(内国歳入庁)に対して抱いていたようなのである。「IRSによる、曖昧な基準での強硬かつ恣意的な更正処分に対する懸念が表明されている」(P.86)のである。

 

当時の在米日系企業にとりわけ懸念されていたのが、現在移転価格算定方法として主流となっているTNMMのアメリカ版ともいえる(というより前身である)CPM法とのことである。

アメリカの狙いは明白である。最も短期間に最も少ない徴税コストで、事業規模の割に利益計上少なき外資系企業に対して、一網打尽的に追徴課税できる。アメリカへ進出したばかりの日本企業が、たとえ当初赤字であろうとも、いきなり類似業種のアメリカ企業と同等の利益計上が当然とされ、多額の追徴課税を言い渡され、場合によっては罰金まで取られる。日米相互協議で不合意の可能性も高く、企業にとり2重課税を受ける恐れもある。日本企業にとって、アメリカでの事業展開は、つねにIRSの追徴宣告の恐怖におびえなくてはならなくなったのである。(P.80)

この部分は「アメリカ」を「中国」に変えれば、正に現在のことを説明していると思えてしまう。1980年代のアメリカは、税収が不足しており、独自に編み出したCPM法で在米日系企業の移転価格課税を繰り返していたとのことである(代表例が1985年のトヨタ、日産に対するIRSによる9億ドルの移転価格課税)。国は税収が不足し、国家財政が厳しくなれば、新しいルールを導入してまで課税に走るのである。同じことが現在の中国で起きていると言えるのではないだろうか。自国の巨大市場、労働力に惹きつけられた外資系企業はそう簡単には中国から抜け出すことができない。経済成長が鈍化すれば、税収は不足し、そこでターゲットになるのは1980年代にアメリカに進出した日系企業と同じく、外資企業である。このような歴史の流れを踏まえると、今後の中国が移転価格税制において、独自のルールを作ってでも課税を強化するのは必然のように思われてくる。

 

もう一つ、示唆的な指摘がある。

アメリカでの厳しい移転価格税制執行を前にして、日本企業が2重課税や罰則を恐れまた訴訟に伴う時間・コストを免れるため、できるだけ移転価格問題が生じないようアメリカに多く利益計上し、更正処分回避を図るようになった…。(P.91)

中国で課税を受けた日系企業が、仮に相互協議で二重課税が解消されないことを経験したり、そのような話が広まれば、上記のようなことを自主防衛的にし始める可能性があるのではないだろうか。そして、これを変えられるのは、国際的なルール作りに中国を巻き込み、独自ルール・運用を牽制すること、そして、相互協議で合意を積み重ねていくことしかないのかもしれない。

PE勉強の手始めに

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森信茂樹著「デジタル経済と税」(日本経済新聞出版社)の中の、第2章「巨大プラットフォーマーと租税回避」の中の「4 アマゾンの租税回避」を題材に、少し考えてみたい。若干の苦手意識のあるPE(恒久的施設)にも関係する問題であり、まだ深くは考えられないが、今後の深堀りのきっかけにしていきたい。(以下ページ数は、本書のページを示す。)

 

■PE課税か、移転価格課税か?

  • アマゾン・ドット・コム社(以下、アマゾン)は、千葉県などに100%子会社のアマゾンジャパン合同会社(以下、アマゾンジャパン)傘下の巨大な配送センター(倉庫)を持ち、日本で日本人を顧客とした大規模なネット販売ビジネスを展開しています。(P.55-56)
  • …アマゾン本社は日本政府に法人税は払っていません。(P.56)
  • アマゾンジャパンは日本法人として課税されますが、アマゾンとの間でコミッショネア契約(問屋契約)が結ばれており、本社に支払う委託手数料が、コストに3%程度上乗せした水準に設定されているので、経費を差し引いたネットの所得は少な(い)...。(P.59 )

 この状況から考えてみる。(以下、引用個所以外では、アマゾンは「AZUS」、アマゾンジャパンは「AZJP」と略す。)

最初の論点が「論点①:AZJPは、AZUSの日本におけるPEか?」とする。

この論点①に対する答えがYesだとしたら、「論点②:AZUSの日本帰属利益はどのように算定するべきか?」という問いが出てくる。

一方で、論点①に対する答えがNoであれば(つまり、日本はAZUSに対するPE課税はできないのであれば)、次に「論点③:AZJPがAZUSから受け取る委託手数料は独立企業間原則に則っているか?」という問いが出てくる。

論点②、③のいずれにしても、本質的な論点は、「アマゾングループにおける、日本事業に配分されるべき利益とは?」ということになりそうである。その「日本事業に配分されるべき利益」に対する法人税を支払うのがAZUSであればPE課税であり、AZJPに追加納税を求めるのであれば移転価格税制の問題である。

この論点に答えるためには、日本事業、つまりAZJPの活動の実態を見ていかないといけない。「アマゾン側の考え方を代弁すれば、『…アマゾン社の利益の源泉は、インターネットでオンライン取引を行うというビジネスモデルそのもの、つまり米国本社にある。倉庫の業務はリスクを伴わない付加価値の低いもので、そこに帰属する所得はほとんど発生しない』ということではないか」(P.57)。この考え方が実態に則しているのであれば、AZJPは「作業」しかやっていないのだから、移転価格税制上、AZJPが受け取るコストプラス3%の委託手数料は概ね問題ないということになりそうである(2017年版OECDガイドラインで低付加価値役務提供の概念が出てきてからは、3%のマークアップはやや低いという指摘はあり得るかもしれないが)。

一方で、仮にこのビジネスモデルが優れているにしても、日本での事業基盤の整備や様々な体制の構築、仕入先・配送業者の開拓・交渉、日本の顧客に売り込むための様々な工夫を行っているのがAZJPだとしたら、このような事業活動は実質的に販売会社と同じであることから、販売会社並みのリターン(コストに対する3%ではなく、売上高に対する一定のリターン)が日本に帰属すべきではないか、という主張もあり得るように思う。ただ、AZJPの業務内容(さらに、日本市場の開拓、深耕にAZUSがどこまで関与しているのか)は部外者にはわかりようがないので、これ以上の検討は難しいように思う。(読みたい本が出てくればアマゾンのカートに保存し、それが溜まってくれば発注、ということを繰り返している自分としては、アマゾンの日本における存在感の大きさを感じるのみ…です。)

 

■販売仲介業者へのリターンは コストプラス方式か、売上高料率方式か?

違う方向からもう少し検討を進める。

上記の、販売会社並みのリターンか、コストに対する3%のリターンか、という問題についてである。この差は大きい。例えば、日本における売上高が1000、AZJPのコストが100とした場合、販社としての営業利益は1000×3%=30、一方で、役務提供会社としての営業利益は100×3%=3である。これはアドビ事件で問題となった構図と同じで、Buy-sellでない販売仲介業務を行った場合の論点になる。(アマゾンのケースでも、はっきりと理解できなかったが、売上が計上されるのはAZUSという理解。)

 

この論点は販売仲介業務という役務提供を行った場合に問題となるが、一方で、そのほかの役務提供においては、その対価は、あくまでもコストに一定のマークアップを行った業務委託手数料で済むことが多い(マークアップを何%にするかという問題はあるが)。なぜ、販売仲介という業務だけが、コストプラスの業務委託手数料にすべきか、取り扱った売上高に対する一定利益配分にすべきかが論点になるのだろうか、という点を考えてみたい。その理由を考えてみると…

  1. 他の役務提供では、売上という直接的な成果が見えず、コストプラスしかとり得る方法がないから。
  2. 三者に販売仲介を委託すれば、その報酬は「その第三者が獲得した売上高×一定料率」で算出するのが一般的だから。
  3. 他の役務提供では、受託者側は委託者の指示のもとで「作業」を実施しているだけ。一方で、販売仲介業務では、受託者側が独自の裁量で売り込みを行っており、その業務は「作業」の範疇を超えており、実質的にはBuy-sellを行う販売会社と活動がほぼ同じ(在庫リスク、債権リスクの違いはある)だから。

…といった辺りが考えられるだろうか。

 

では、開発業務委託ではどうだろうか。開発委託契約においては、典型的には委託元の指示のもと、委託先が開発「作業」を行うから、その成果は委託元の所有となり、業務委託料はコストプラス(マークアップ率は多少高めになるかもしれない)ということになる。しかし、開発活動にも濃淡があり、本当に「作業」的な業務を委託されることもあれば、提示された大きな方向性の中で創造的な業務が行われ、重要な成果が出ることもあるだろう(開発活動という活動の性格から考えて、手取り足取り「作業」を指示することは少なく、実質的に受託者側の裁量はそれなりに大きくなるのではないだろうか)。それでも、受託側は、委託元がその開発成果を活用した事業で獲得した売上高からの利益の割り当てを受けることはなく、コストプラスの業務委託料を受け取るのみである。

このように考えると、販売仲介活動にも様々な形態があり得るのではないかということに思い至る。委託元がおぜん立てした商売の、事務的な部分を「作業」的にこなすだけの活動を行うこともあれば、新規売込み・売上拡大のために奔走することを求められる場合もあるだろう。

つまり、同じ業務委託でも活動内容は千差万別であり、開発委託であろうが、販売仲介の委託であろうが、その活動実態に応じてリターンを配分せよ、というのが、「価値が創出される場所で、利益が課税されるべき」というBEPS行動計画の大原則に照らした答えではあろう。そして、販売仲介という業務委託においては唯一、他の業務委託とちがって、売上という金額的な成果が明確に出ているので、販社並みのリターンとしての売上からの一定利益配分が求められる場合が生じる、ということではないだろうか。

だが、販売仲介にしても、実態は、ある得意先に対しては委託元主導で商売を獲得、別の得意先に対しては受託者が売り込みに尽力した、また別の得意先には共同で売り込んだ等、様々なケースが混在している、ということも十分にあり得る。このような場合に、受託者側の創出した「価値」に応じて、コストプラスの業務委託手数料にすべきか、取り扱った売上高に対する一定利益配分にすべきか、を決めるべきと言われても、実務者は困ってしまう。会社側でどちらかに決めたところで、所得配分に及ぼす影響が上記の通り非常に大きく、関係する両国の税務当局が納得するのかはわからない。この議論は「価値とは何か」という定性的な問いであることから、利害関係の相反する者同士での決着は難しい。やっぱり、フォーミュラか、という発想に、自然に行ってしまうのだが、それは安易な考えなのだろうか。

 

最後に、本書で取り上げているアップル、スターバックスの租税回避スキームの説明も非常にわかりやすかった。こちらも、「グループ会社間における無形資産の移転」という「フィクション」を許さず、フォーミュラでグループ会社間の所得配分を決定してしまえば、極めてシンプルに、価値創出に最も貢献していると思われる親会社への所得配分が大きくなるように思われる。これもまた別途考えてみたい。

フォーミュラ方式がキラリ☆

以前に多国籍企業の取引コスト節約の観点から移転価格税制、とりわけ独立企業間原則について考える記事を書いたが、その後読んだ海老原宏美「独立企業原則の限界と修正ーアドビ事件を題材としてー」(2013年、「租税資料館賞受賞論文集22(中)」pp,3-105(論文へのアクセスは、公益財団法人租税資料館 第22回入賞作品より。以下引用個所に示すページ数も以下のサイトにおける論文のページ数より。https://www.sozeishiryokan.or.jp/award/022/009.html))によれば、この観点からの独立企業原則の限界についての指摘はすでにStanley Langbeinが1980年代から行っていることを知った。

以下は、海老原論文におけるLangbeinの主張の紹介部分からの抜粋である。(下線は筆者。)

  • Langbeinは、R.H.Coaseが1937年に発表した取引コストアプローチの理論、およびそれを発展させて多国籍企業の形成理由を説明したOliver WilliamsonやRichard Cavesの理論をベースとして、独立企業原則は多国籍企業の内部取引に妥当しないと結論付けている。(P.41)
  • 取引費用アプローチを基礎として発展した多国籍企業論が示唆するのは、結局、多国籍企業とは市場に「置き換わる」経済システムであるということであり、その結果、多国籍企業は独立企業に比べて、相乗効果や規模の経済などの一体性から生じる超過収益を享受するということである。(P.43‐44)
  • Langbeinは、多国籍企業のように内部組織が市場に置換した状況では、市場価格を決定しうる方法は無いとし、市場取引に置換する存在である内部取引を、市場取引で引きなおそうとする独立企業原則の理論的脆弱性を指摘した。(P.44)
  • Langbeinは、多国籍企業を、関連者という複数の主体が、それぞれの機能に関連した…生産要素を共有する関係(shared factor relationship)であると定義する。これに対して、独立企業間原則では、このような関連者相互の関係を取引に細分化し、その取引に関わる生産要素を、どちらか一方の当事者に帰属させ、もう一方の当事者をその生産要素の外部の使用者とみなそうと試みる。Langbeinは、この点にこそ、独立企業間原則の最大の問題があると論じる。(P.44-45)
  • Langbeinは、この状況を解決する唯一の方法は、フォーミュラ方式(fractional method)をおいて他に無いと論じている。(P.46)

 

卑近な例で相応しくないかもしれないが、多国籍企業が「shared factor relationship」でありながら、「独立企業間原則では、このような関連者相互の関係を取引に細分化」してしまうという指摘は、例えば、社内のチームで仕事をした成果を、一人ひとりの個人の業績に割り当てようとする難しさと同じだと感じた。チームで出した100の成果を構成メンバーの5人にどのように割り振るべきか。個人の貢献をいくら要素分解してリストアップしても、それぞれの要素が100の成果にどう効いたのかはわからない。そもそも特定の個人の貢献だと思っていたものも、その個人だけの貢献かどうかは怪しい――Aさんが出したアイディアだと思っていたが、実際はBさんがAさんに雑談で話をした内容がベースになっていた、実はチーム外のFさんが時々参加していい助言をくれていた等。社内の業績考課の話であれば、ある程度の納得感を形成することはできるのかもしれないが、それでも人によっては自らの貢献を声高に主張したり、不満が残るケースもあるだろう。国家間の所得・税収の配分となると尚更である。だから、各国税務当局は好き好きに自国所在グループ会社の貢献の大きさを主張してやまない。また、相互依存性が強い仕事の仕方をしている多国籍企業側としてもそのような各国当局の主張を明確に否定はできない一方で、かといって論理的な貢献度合いを提示することも難しい。そもそも誰もわからないし、正解がないのである。

 

海老原論文ではさらに、「1990年代から現在まで一貫して、独立企業原則を批判しフォーミュラ方式の導入を提唱する代表的論者の一人」(P.62)であるReuven Avi-Yonahの主張が紹介されている。(下線は筆者。)

  • フォーミュラ方式では、関連者によって構成される多国籍企業を一つの統合された組織と捉える…。(P.65)
  • グローバル化した経済において、所得の源泉を明らかにすることは困難である。フォーミュラ方式の支持者は、そのような状況下において多国籍企業の構成企業について独立企業原則を適用することには無理があり…多国籍企業に対する課税システムとしては、組織全体の所得を定められた基準により構成企業に配分するフォーミュラ方式が合理的であると主張する。(P.65)
  • フォーミュラ方式への反対姿勢を崩さないOECDに対して、Avi-Yonahは、近年、新たに独立企業原則のもとでフォーミュラにより利益分割を行う妥協案を提案している。具体的には、残余利益分割法における残余利益部分をフォーミュラにより分割する方法…である。(P.67)
  • Avi-Yonahが、…残余利益の分割要因として提案するのは、賃金、有形資産および売上の3要素である。(P.68)
  • 残余利益の分割要因を議論する際に問題になりやすい無形資産について、Avi-Yonahは、①無形資産から生じる価値は、物理的・人的資源や市場から生じるものであり、これらがすでに上述の3要素に織り込み済みであること、②無形資産の価値を配分することは不可能であり、配分しようとすると恣意的操作の余地が生じることを指摘し、これらを理由に無形資産を分割要因から除外すべきであると主張している。(P.69)

 そして、この論文の結論としての主張も、「多国籍企業の取引が…グループ企業間で相互依存的な構造を持つことを考えると」(P.83)、利益分割法が「最も適した算定方法ではないか」(P.83)、また、「複雑な関連者間取引については、多くの場合、残余利益分割法が最も適した算定方法になるものと考えられ」(P.84)、その分割要因は「Avi-Yonahの提案する賃金、有形資産および売上の3要素をあらかじめフォーミュラとして定める提案を真剣にすべき」(P.87)という内容となっている。

 

企業内実務者としては全面的に賛成である。

アグレッシブな租税回避を目指す企業に所属していない実務者としての本音は「何でもいいから国家間で揉めない方法を決めてくれ」「その方法はシンプルにしてほしい」「取引当事国の双方で課税されないという保証は二国間の事前確認(相互協議)でしか得られないなんておかしい(手間がかかりすぎる)」というものである。現状の独立企業原則に基づく移転価格税制において、比較的安定的に機能していると思われる「ルーティン活動に適用するTNMM方式」と、「残余利益に適用するフォーミュラ方式」との組み合わせは理想的と思う。また、現状の移転価格税制における無形資産に対する考え方よりも、上記のAvi-Yonahの考え方(フォーミュラに既に織り込まれている)の方が余程すっきりするし、様々な「操作」の余地も少ないように思う。

 

だが、いくつか具体的な疑問点もある。それは次回以降の記事で。

また、Langbein、Avi-Yonahの元論文も入手ができれば読んでみたい。

 

利益分割法(の難しさ)にまつわるエトセトラ

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今回は大沢拓・牛島慶太・平野潤一・梶巻重幸・坂本安孝編著「移転価格ローカルファイル 作成実務と実践上の留意点」(清文社)を取り上げたい。

2017年6月に国税庁は「移転価格ガイドブック」を発表しており、その中で庁はローカルファイル(LF)の具体的なサンプルを2例提示している。この2例のいずれにもTNMMが適用されていることを受けて、本書では、庁サンプルでは採用されなかった移転価格分析手法である再販売価格基準法、寄与度利益分割法を適用した事例、また、海外製造子会社との間に商流がなく、日本親会社からの無形資産供与に伴うロイヤリティ取引しかない場合の適用事例を紹介している。類書ではこれらの移転価格分析手法の具体的な例は見たことがなく、非常に参考になる。

個人的にはこのうち、寄与度利益分割法を適用した事例に興味を抱いた。サンプルとして具体的に記述されているからこそ、よりリアルに、実務上、利益分割法を適用することの難しさを実感することができた。

 

■難しさ①:配分ファクター

  1. 自分の実務において、利益分割法が検討の俎上にあがることは今のところ、ほとんどない。俎上にのぼるとしても、国外関連者・日本親会社の双方に重要な無形資産がある場合に適用される残余利益分割法であり、本書で紹介されている寄与度利益分割法ではない。寄与度利益分割法は「国外関連者に重要な無形資産がないことが前提」(P.126)であり、比較対象取引を見出すことができない場合に、親会社と国外関連者の利益を合算し、「それぞれが、その利益に寄与したと認められる要因をもって合算営業利益を配分する方法」(同)である。
  2. 現時点において、この「合算営業利益を配分する」ために用いられる「利益に寄与したと認められる」ファクターをめぐっては、各国当局のコンセンサスはないと思われる。二国間のAPAで合意しているならばよいが、バイAPAなしで、会社自身の判断による配分ファクターの採用(利益分割法の適用)は、否認されるリスクを孕んでおり、会社側としては「恐くてできない」のが実情ではないか。
  3. 本書でも「例えば製造業の場合、製造原価や販管費を分割要因としますが、工場従事者の人件費などが要素として大きくなり、どうしても現地の国外関連者に利益がつきやすい」(P.126)と指摘されており、また、紹介されているサンプルでも、単純な製造機能のみを果たす国外関連者側に利益配分が寄っている。これは対国税を考えると、やや不安が残る結果である。

■難しさ②:比較対象取引が見出せないことの説明は可能か

  1. 比較対象取引が見い出せないと会社側で判断し、寄与度利益分割法を採用した場合において、調査の場面において、税務当局から「比較対象取引を見つけた」と言われたらどうなるのだろうか。
  2. TNMMの適用において、比較可能性はある程度の割り切りが入った上での判断がされていると思われ、100%の比較可能性がなくても比較対象取引が採用されるのが一般的と考えられる。となると、税務当局が主張する比較対象取引を否定するのは難しく、最も適切な算定方法として利益分割法を採用したこと自体が否認されてしまうのだろうか。

■難しさ③:価格調整金の使い勝手

  1. 日本親会社・国外関連者の利益を合算して、分割してみて初めて適正な利益がわかる、ということでは実務上、期中は何をターゲットに損益コントロールをしたらよいのだろうか。
  2. また、TNMMにおいては、独立企業間価格は一般的に四分位法等によるレンジで認められることが多いが、利益分割法においては合算利益を一定要素で分割した「点」(絶対額)で適正利益が決まる。「点」で決まるのであれば事後的な価格調整金なしでは到底利益コントロールはできない。
  3. しかし、現状では価格調整金の収受は各国で等しく認められているわけではないこと(新興国では難しいと聞く)、また、関税や輸入消費税との関係が税務当局・税関間で整理・調整されていないこと等から、実務上、価格調整金の使い勝手は非常に悪い。

■難しさ④:切り出し損益の作成

  1. 利益分割法の分割元となる合算営業利益は、対象となる国外関連者との取引にかかわる営業利益を算出した上で、当該国外関連者の営業利益と合算する。
  2. これは国外関連者が少なければ可能かもしれないが、国外関連者数が数十社、数百社となってきたら、こんなことは実務上、不可能ではないだろうか。日本親会社ー国外関連者という一対一の関係ですべての取引が成り立っていればまだいいが、実際のバリューチェーンは複数社にまたがり、かつ事業・商品によっても異なり、複雑な入り組み方をしている。
  3. 企業が内部的に作成している管理会計の数字を使えばいいのかもしれないが、管理会計の数字をもとに、税金計算をしていいのだろうか。管理会計はあくまでも、企業内部での業績管理のために、各社独自の思想に基づいて作成されるものであり、各社財務諸表との整合を説明せよと言われても、非常に難しい。それぞれ一方にしか反映していない数値もある。
  4. 実務面からは、切り出し損益や取引単位という発想、それぞれごとに適切な分割ファクターを使用すべきという考え方をやめ、グループ内全社の合算利益を一定の分割ファクターで単純に配賦する(フォーミュラリ方式)しかない、と考える。

■「一体として事業を行」わない多国籍企業などあるのだろうか?

  1. 国税庁「移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」【事例7】(寄与度利益分割法を用いる場合)の≪前提条件2≫の≪解説≫(P.42)には、寄与度利益分割法について、以下のような説明がある。
    3 法人と国外関連者に機能が分散され、これらの者が共助的に一体として事業を行っているような高度に統合されたグローバルトレーディング等の取引形態については、国外関連取引の当事者のいずれか一方を検証対象とする算定方法を適用することができない場合が多いため、一般的には、取引全体からの利益を各拠点の寄与度に応じて配分する寄与度利益分割法と同等の方法の適用が適切である。
    以前の記事で以下のようなことを書いた。
    得意先要求を直接受けた営業部門だけでなく、それを伝達された事業部門、開発部門、製造部門、物流部門、法務部門、経理部門等々、要求内容によって様々な部門が連携して得意先の要求に対応する。これらの社内部門や人の中に、得意先の存在を身近に感じられず、「うるさいことを言うなあ」と思い、真摯に対応できない人が社内にいれば、たちまち、得意先への「返し」は遅く、かつ不十分なものになるだろう。得意先要求の内容にもよるが、組織が大きくなればなるほど、この部門間、社員間連携の難易度は上がってくるが、このチームプレーの巧拙、この連携の一体性の強弱こそが「顧客満足の本質」、つまり組織としての競争力の本質と理解した。
    要は「グローバルトレーディング」でなくても、多国籍企業グループであればどこでも、グループ会社が「共助的に一体として事業を行って」おり、「統合」されているのではないか。その「統合」性こそが、多国籍企業の本質ではないのだろうか。法人は別ではあっても、有機的に一体として事業を行うために多国籍企業化したのではないだろうか。だとしたら、本来的にはどの国外関連者間取引においても、寄与度利益分割法(ないし、フォーミュラリ方式)を適用すべきなのではないだろうか。

取引コストと移転価格

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■取引コスト

松岡真宏著「持たざる経営の虚実」(日本経済新聞出版社)において、松岡さんは「『持たざる経営』や『選択と集中』という、ある種の減量経営的なスローガン」(P.3)に対して、「経済学者のロナルド・コースの『取引コスト(Transaction cost)』という考え方」(P.86)を持ち出して、今後は「持たざる経営」よりも取引コストを引き下げる目的での買収(「内部化戦略」P.93)を提言している。

取引コストは以下のように説明されている。

取引コストとは、ユーザーの外部に存在する市場や企業から、部品や資材を調達するなど様々な取引の際に発生する種々のコスト(=手間)である。(P.87)

企業内の機能を使って調達した方が、取引コストが安くなる場合、その企業が組織内で行われる。外部に存在している他の経済主体に外注する方が、取引コストが安くなる場合、その機能は組織外で行われる。取引コストを考慮して、組織や企業がそれぞれ取引コストを最小化するような合理的な行動をとることで、各組織・企業の形が最終的に決まる。(P.87)

 取引コストは例えば、製造子会社・販売子会社を現地に設立する、という方法ですでに海外展開している日本企業において、これらの子会社が子会社ではなく、独立した第三者の会社だったら、と思い浮かべると、実感しやすいかもしれない。もし既存の海外製造子会社・海外販売子会社がグループ会社ではなかったら、グループ会社であった場合と比べて…

  • お互いにノウハウ・情報の持ち逃げリスクを懸念し、重要な情報の共有には細心の注意を払う
  • 価格をはじめとする取引条件の交渉は厳しくなる
  • 問題(品質問題、在庫、低操業等)が発生した場合、責任(費用)の負担をめぐる交渉も厳しくなる
  • これらすべてについて、契約を厳密に定める必要がある
  • きちんと仕事がされているのか、監視する必要があるが、海外で何が行われているのか監視するのは難しい(情報不足)、また、委託先企業側も内実を見せたがらない
  • より条件のよい委託先を開拓する必要がある場合も出てくる

…等、ちょっと考えただけでも日本企業側、海外企業側の双方でかなりの手間(=取引コスト)がかかり、一言でいえば「かなり面倒になりそう(=仕事が増えそう)」である。これが1社だけを相手にするならよいが、数十社、会社によっては数百社を相手にするとなると、その手間は想像を絶するものになりそうである。また、関係会社間であれば当然行っていたような仕事をスムーズに進めるための「ちょっとした協力」も期待できないため、仕事を進める上でのいらいらも募るだろう。(もちろん、その一方で、関係が固定化しないことによって、連結損益上の固定費化が防げ、ドライな関係を維持できる。例えば、成果が思わしくない取引であれば双方とも関係を切りやすく、競争原理を導入できる、というメリットもあるだろう。話が横道に逸れるが、製造機能をグループ内に持たない製造メーカーであるアップルは、生産委託先との間で発生するこのような取引コストを許容し、これらのメリットを取りに行っているものと想像する。)

 

「取引コスト」は現に内部化してしまっていたら(グループ会社化していたら)どの程度その発生を抑制できているのかは測定できないし、また、外部化している状態においても、内部化した場合と比較していくら発生しているのかを算出することはできない。ただ、明確に算定することはできなくても、取引コストが存在していること自体は誰しも理解できるのではないだろうか。

例えば、移転価格実務担当者として、外部コンサルをお願いする場面がよくある。この場合、何度もご相談している会社、先生に今回もお願いしようとなった場合(内部化に準じた関係)、ご相談の前提条件(自社はどのような会社で、どのような海外取引をしていて、どのような価格設定方法をしていて、何を重視していて、等々)をお伝えするのは楽かもしれない。また、力量もわかっているので、安心してお願いできるかもしれない。一方で、初めてお願いする方に対しては、一からすべてを説明しないといけない、いいアドバイスがもらえるかわからないという不安がある、社内決裁の取得にも余計な手間がかかる、相見積もりをとれと言われるかもしれない。「取引コスト」の存在は理解できるし、現に発生・存在するが、定量化せよ、と言われたら難しい。

(なお、ここまでの記述は上記の松岡さんの著作に加えて、菊澤研宗著「組織の不条理」(中公文庫)における取引コストの説明も参照している。)

 

■独立企業間原則は絶対ではない?

さて、上記のような「取引コスト」という考え方をとると、外部取引と内部取引との間には大きな差があることがわかるが、移転価格税制上、この点はどのように整理されているのだろうか、という点が気になった。

この点について、中里実「移転価格課税と経済理論:実務における経済理論の利用可能性」(中里実・太田洋・弘中聡浩・宮塚久編著「移転価格税制のフロンティア」(有斐閣)P.21-41)は、移転価格課税は「市場取引こそがあるべき取引であるという抜きがたい『偏見』(ないし、市場取引に対する憧憬)が存在するのではなかろうか」(P.29)と指摘した上で、「少なくとも、このような課税が、企業内取引・企業グループ内取引と市場取引における取引費用の差異を無視して、本来異なるものに対して同様の課税を行うことを強制していることは否定できないであろう」(P.29、下線筆者)とする。

「本来異なるもの」を、その「差異を無視して」同じと見ましょう、と割り切ってしまっているのが、現状の移転価格税制における大原則である「独立企業間原則」であるとするならば、この原則は絶対的なものではなく、将来的には変わり得る、異なる割り切り方もあり得ると考えておくのが自然なのではないだろうか。