移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

「創って、作って、売る」の上位に位置するもの

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前回の記事の続きだが、別の観点から少し付け加えたい。

三品和広著「戦略不全の因果」(東洋経済新報社)の第4章「戦略の核心」は以下のような問題提起から始まる(P.102)。

企業の業績は、どのようにして決まるのであろうか。一般に企業の中では、何千人、何万人という従業員が、様々な部署に分かれて仕事に従事する。そのいずれもが、何らかの経路で企業の業績に影響を及ぼすことになる。ただし、そこには複雑な相互依存の関係が存在するため、利益を貢献度に応じて個々の従業員や部署に分解することなど、ほぼ不可能と考えた方がよい。

この指摘そのものは前回の記事において指摘した、「創って、作って、売る」のサイクルのうちの特定機能(主として開発機能)のみを重視する移転価格税制の執行はおかしいのではないか、という点に近いように思われる。

しかし、三品先生は上記に続けて、日常のマネジメントや戦術的な意思決定よりも高次の次元において企業業績を決めるのが戦略であると主張されている。すなわち、戦略が「利益の理論的な上限値」(P.104)を決めるものであるのに対して、「管理」はその「利益の理論的な上限値から実績値がどこまで落ちるのかを決める」(P.104)ものであると。そしてその戦略の最たるものは「事業立地」、「平たく言えば『誰を相手に何を売るか』」(P.109)の選定である、とのことである。

このような「利益の理論的な上限値」は戦略によって決定されてしまう、という「決定論的な経営観」(P.125)からすれば、前回の記事で書いたことを覆すようだが、「事業立地」を決める、という最高度の経営の意思決定に起因する利益・損失については、移転価格税制上の各国・各社間の利益配分を考える上で、その意思決定をしたグループ会社(基本的にはグループの親会社と考えられる)に帰属させるべきのように思った。そして、その「最高度の経営の意思決定に起因する利益・損失」を除いた利益・損失については、どの機能がどれだけ貢献をしたか、ということは到底決めきれないので、「人間の頭脳」が存在するところに割り切って配分・課税したらよいのではないだろうか。

 

では、グループの連結利益(あるいは損失)のうち、経営の意思決定にいくらを配分し、「日常のマネジメントや戦術的な意思決定」を行った各機能の集合体にいくらを配分したらよいのだろうか。それについては、残念ながらアイディアを持ち合わせてはいないが、例えば、連結営業利益率の一定範囲外の部分(高利益、及び大幅な損失)は経営の意思決定に起因するものなので親会社に帰属させ、一定範囲内に収まる部分の利益・損失は各機能のオペレーションに起因するものなのでグループ会社(親会社もオペレーションを実施しているのであれば、親会社も含む)に帰属させる、と割り切ることであろうか。

ただ、これを書きながら、「結局これってTNMMではないか?」という思いも抱き始めている。単に、現状のTNMMが親会社に超過利益・損失を帰属させる理屈が間違っているだけではないか。研究開発機能が特定のグループ会社(例えば親会社)に存在するから、開発の結果生まれた無形資産がそのグループ会社に存在するから、超過利益・損失をそのグループ会社に帰属させるべき、なのではなく(研究開発機能も「創って、作って、売る」のなかの一機能に過ぎない)、そのグループ全体にとっての究極的な判断である『誰を相手に何を売るか』を、リスクをとって意思決定しているからこそ、その決定を行ったグループ会社(通常は親会社)にその果実ないしロスを享受・負担させるべき、なのではないだろうか。

「創って、作って、売る」のどこに課税すべきか

 

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■ 「創って、作って、売る」と「創る」偏重

三枝匡著「V字回復の経営」(日経ビジネス人文庫)には事業の原点として「商売の基本サイクル」という概念が登場する(P.136~138)。事業の原点は「商品やサービスを顧客に買っていただくこと」であり、会社は「創って、作って、売る」、つまり、開発→生産→販売のサイクルを回す。

…顧客は「値段を下げろ」「サービスを上げろ」「品質がおかしい」などと多くの要求を営業マンに突きつけてくる。

企業競争のカギは、そうした顧客の様々な要求に、組織としてどう迅速に応えるかだ。

…顧客の要求を、社内のしかるべき部署にいかに迅速に戻し、その部署の中でいかに迅速に処理するか。…

「この回し(サイクル)を、社内が緊密に連携し、競合企業に打ち勝つスピードで行うことができれば、その企業は次第に競争相手を凌駕していく…。」

「創って、作って、売る」…をスピードよく回すことが顧客満足の本質である…。

 得意先要求を直接受けた営業部門だけでなく、それを伝達された事業部門、開発部門、製造部門、物流部門、法務部門、経理部門等々、要求内容によって様々な部門が連携して得意先の要求に対応する。これらの社内部門や人の中に、得意先の存在を身近に感じられず、「うるさいことを言うなあ」と思い、真摯に対応できない人が社内にいれば、たちまち、得意先への「返し」は遅く、かつ不十分なものになるだろう。得意先要求の内容にもよるが、組織が大きくなればなるほど、この部門間、社員間連携の難易度は上がってくるが、このチームプレーの巧拙、この連携の一体性の強弱こそが「顧客満足の本質」、つまり組織としての競争力の本質と理解した。

 

翻って、移転価格税制の世界においては、一般的に、無形資産の存在は研究開発(創る)機能にはほぼ無条件に認められやすい一方で、「作る(製造)」、「売る(販売)」には認められにくい。実際には認められるのかもしれないが、いかに自社の製造、販売機能が他社を凌駕する活動を行っているのかを説明する必要があり、それは一般的にはかなり難しいと感じている。

しかし、上記の三枝さんの理論に照らせば、これは偏った執行なのではないだろうか、という思いを抱く。得意先からの要求に応える側の会社にとって、はたまた要求している得意先にとって、何が商品やサービスを売る/買うポイントになっているかは、実際のところ、様々なのではないだろうか。ある得意先にとっては仕入先A社のとある商品のスペックは他の仕入先よりも若干劣るが、納期の早さ・融通が利くところがA社から購入をするポイントになっているかもしれない。別の得意先にとっては同じA社のコストダウンに裏打ちされた価格に魅かれているかもしれない。あるいは、A社のこの商品には不満があるが、A社の別の商品が優れており、一括購入できること(ラインナップの広さ)をメリットに感じる得意先もいるかもしれない。

要するに、競争力(無形資産と言い換えていいはず)は必ずしも研究開発機能(だけ)に所在しているとは言えないし、正確にはその企業のどの機能に所在しているかはよくわからない、あるいは「総合力」としか言えない面があるのではないだろうか。少なくとも、部外者である税務当局が判断できることではないはずであるし、その企業自身にとっても「本当のところ、なぜ得意先に買って頂けているのか」がわかっていない可能性すらある。それなのに「創って、作って、売る」のサイクルのうちの「創る(開発)」機能だけに無形資産(超過利益を配分する根拠)の所在を認め、TNMMであれば「作る(製造)」、「売る(販売)」機能は一方的にルーティン機能として一定の安定した利益を計上させるだけにとどめておくのは無理があるのではないだろうか。

 

■「売る」 に価値を認める?

昨今の移転価格税制では、これまでのこのような一方的な研究開発機能重視の姿勢とは別の流れが出てきているという。その一つが、2019年3月に米国歳入庁(IRS)が事前確認申請を行う納税者に送付したFunctional Cost Diagnostic Model(「FCDモデル」)である(山川博樹編著「電子経済課税と移転価格」(中央経済社)、P.298)。以下は同書からの引用。

FCDモデルはIRSが作成したExcelを利用したツールであり、まず取引に参加する関連者の機能ごと(例:販売、製造)のセグメントを活動ごと(例:マーケティング、卸売、設計、開発)のコストセンターまで細分化し、各コストセンターがルーティン活動に関するものか、ノンルーティン活動に関するものかを整理する。そしてルーティン活動には比較対象企業のベンチマーク結果で表される利益が与えられ、ノンルーティン活動に関するコストは一定のリードタイムと耐用年数により資本化され、それを分割キーとしてノンルーティン利益を分割する計算が定型化されたファイルとなっている。

 このようなモデルをIRSが打ち出してきた背景として、PwC税理士法人 TCDR Japanチーム「IRS/APMAによるFunctional Cost Diagnostic Model(FCD Model)の導入と日系企業案件への影響」(2019年12月)ではこれまでの米国の事前確認案件においては「CPM/TNMMによる片側検証での合意ケースが多く、また、その多くは米国関連者を検証対象とするものであり」、関連者双方が「ノンルーティンな付加価値を生み出すような貢献を行っていると考えられるケース」における利益配分が適正なのか、という「IRS側の問題認識があるものと推察され」るとする。さらに、より具体的には、山田晴美「米国当局が導入したFCDモデル TNMMからRPSMへ舵を切ったのか?」(「月刊国際税務」Vol.40 No.6)においては、その背景として「米国だけでなく、日本の子会社が所在する国は、従前から自国で行うマーケティング活動が評価されていないことに、かなり不満を持って」おり、「マーケティングにも価値を認めて、もっと自国に利益を落とすべきだと考えて」いることがあげられると指摘されている。

 

村田朋博著「電子部品 営業利益率20%のビジネスモデル」(日本経済新聞社)において、村田さんは「驚異の営業利益率50%」(P.224)企業であるキーエンスの強みについて、以下のように説明をされている。

それぞれの営業マンが、本当に、顧客の問題に「気づく」感性を持っているか。気づいたとして、それを開発に伝える仕組みがあるか。営業からあがってきた気づきから、開発者が新製品に結びつける気づきがあるか・・・・・おそらく、この一連の工程を組織として成立させていることが、キーエンスの最大の強みであろうと思われます。(P.231)

営業の…より重要な機能は、情報を得ること…なのです。

売上高は短期的な成果で、情報…は長期的な成果です。仮に、売上高があがらなくても、次の製品開発につながる情報を獲得できれば、また、今すぐは売上高をもらえなくとも、提案力や業界情報の提供などで顧客の信頼を勝ち取る…ことも重要な仕事です。(P.233)

すなわち、外に向かって開かれている営業機能こそが大事なのであり、「営業は企業の将来」(P.234)であり、また「すべて営業が強い企業が勝っている」(P.236-7、富士通 山本卓真氏の言葉の引用)のである。

このような営業機能の重要性から考えると、やはり、現状の移転価格税制における単純で一方的な研究開発機能の重視には疑問を感じるし、(自国への所得配分を増やしたいという思惑絡みではあると思うが)昨今の移転価格税制における販売機能の評価の流れも理解できる。

 

■「人間の頭脳」への課税 

以下は、自分を含め、実際に、いま、企業内において、日々起きている様々な移転価格の問題に直面し、頭を悩ませている人にとっては、何の役にも立たない「妄想」である。

 

OECDが2015年に公表した「BEPS行動8-10最終レポート」が"Aligning Transfer Pricing Outcomes with Value Creation"と銘打たれているように、実質的な価値創造が行われているところで課税する、というのが国際課税ルールの改革の方向性である。また、「租税研究」2019年11月号(pp.141-166)の『移転価格税制―無形資産に関する最新事情:DCF法、所得相応性基準、最新判例、海外での進展』において、南繁樹弁護士は「無形資産というのは課税要件・課税根拠」と指摘している。

そして、諸富徹著「資本主義の新しい形」(岩波書店)では「人間の頭脳のみが無形資産を生み出せる」(P.iX)と指摘されている。

これを受けて、結局、「人間の頭脳」が存在するところに課税をすればいいのでは、と考えてみた。開発、製造、販売、あるいはこれらを支える間接部門等、その企業グループにおいて、どの機能が重要なのかを決めることは難しい、あるいはその一体性、連携にこそ意味があるのだとすれば、どの機能に従事している人か、には関係なく、単純に、各国・各社単位の総人件費の割合をもとに、グループ連結利益をグループ各社に定式配賦してしまえばいいのではないだろうか(ただし、これは議論の分かれるところであるが、製造の直接人員は除く等の調整は必要になる可能性は高い)。あるグループ会社に人がたくさんいるから、総人件費が高いから、そのグループ会社で競争上重要な意味を持つ無形資産が生まれているとは限らない(少人数のグループ会社の、ある一人の優秀な社員が競争力の源泉を生み出している可能性もあるだろう)が、割り切ってしまえば、一般的な傾向としては、「人がいるところ」で価値が生み出されていると言え、「人」に課税をすればいいのではないだろうか。

角田信広著「BEPS移転価格文書の最終チェック Q&A100」(中央経済社)

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BEPS最終報告書を受けた日本の平成28年税制改正における新しい移転価格文書の最初の提出が2018年3月以降、行われることになるタイミングである2017年12月に出版された本書では、その最初の提出に向け、各国税務当局の関心を引いてしまう「落とし穴」(P.1)について、新しい文書化制度が制定された目的・意図から解説している。新しい移転価格文書である「事業概況報告事項」、「国別報告事項」、「ローカルファイル」をすでに複数回、作成・提出している現時点においては、あらためて、新しい文書化制度が持つ意味とその「恐さ」を理解・復習する意味で読むべきであり、かつ、それは単に「文書化」のためだけではなく、本質的に自社の移転価格のガバナンスをどうすべきなのかを考える意味で必要だと思う。

ここでいう「恐さ」とは、本書を読んでの印象としては、何よりも、現状に不満を持ち、かつBEPSプロジェクトを中心とした昨今の移転価格税制を巡る変化を好機ととらえる新興国税務当局との関係である。

以下、この点に関して、本書を読んで私自身が理解した内容をメモしておく。(別の記事でも書いているが、あくまでも、私個人が理解した内容であり、誤解も多分に含まれることから、正確なところは必ず本書そのもの、ないし関連条文等にあたって頂きたい。)

 

  1. 現行の取引単位営業利益法(TNMM)では、無形資産の形成等への貢献の少ないと判断される新興国側に一定水準以上の利益を計上することはなかなかできない。また、子会社が所在する新興国側税務当局にとっては、自国所在の子会社の所得水準しか把握できず、グループ内での利益配分状況は見えなかった。
  2. 新興国税務当局としては、TNMMではなく、利益分割法(PS法)に何とか持ち込むことで、自国所得を増やしたいと考えている。
  3.  新しい文書化制度は、渇望していた多国籍企業のグローバル情報をもたらすものであり、これまでの限定された情報でのTNMM=片側検証から、PS法=両側検証を行える可能性が高まった。
  4. また、BEPS最終報告書における国際課税ルールの改革の方向性としての「価値創造における実質性重視」は、「実質性」の事実認定次第のところがあり、「今後、実質性に基づく分析を重視した事実認定による課税を行ってくる可能性が高まるものと考えられ」(P.3)る。また、そもそも新興国税務当局は、BEPSの問題を当初のタックス・ヘイブンへの利益移転や二重非課税だけでなく、「親会社等の所在する先進国への利益移転も問題」(P.190)と捉え、「グローバル利益の再配分を目指しているものと考えられ」る(P.191)。
  5. 企業側としては、新しい文書化制度にはこのような各国税務当局の「思惑」が絡んでいることを十分に認識した上で、移転価格文書を記述する必要がある。
  6. 具体的には「無形資産所在地とそれ以外をはっきりと区分して税務当局への説明を行っていく必要があ」る(P.261)。「仮に重要拠点の明確化を行わず、移転価格文書化において各国の関連者がそれぞれ無形資産の開発等に係る機能を有しているような、あいまいな説明を行うこととなれば、各国の税務当局は、自国の拠点にある機能を過大評価して、帰属利益の取り込みを行い二重課税となる可能性が高まる」(P.261)。

個人的にはいまの「TNMM全盛」が終わろうとしているのかどうか、潮目が変わりつつあるのか、に関心がある。TNMMはその手法の簡便性から企業側にとっても適用しやすく、また予見可能性も高い。しかし、一方で様々な割り切りに基づいて成り立っており、社内的には(一般的な企業人の感覚的には)、何というか、受けが悪い。PS法のハードルも相当高いように思うが、今から5年、10年たって、事情は大きく変わっているのだろうか。

上記の6.はその通りだと思う反面、実際には国境をまたがる企業活動は複雑さを増す一方であり、実態としては、「はっきりと区分」することがますます難しくなっていっている、と感じる。税務部門が社内で主導的な立場をとるべき、ということなのかもしれないが、事業上の必要性との折り合いをつけるのは難しい。

伊藤雄二・萩谷忠著「Q&A 移転価格税制のグレーゾーンと実務対応」(税務経理協会)

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題名の通り、実務上悩ましいケースを取り上げて、それに対して回答をする、という形式で構成されている。初心者の最初の本としては難しすぎると思うが、実務上、直面する問題が多くなってきてから手にとると良さそう。自分自身の業務で直面するケースと似たようなケースも多く、非常に参考になるが、何分、課税上の取り扱いが「グレーゾーン」にある分野ばかりを取り上げているだけに、実務上、「では、どうしたらよいのか」という点に関する回答も若干グレーかなという気もしたが、結局は自社のケースについては、それぞれで考えた上で対処しないといけないということかな、と思い直した。

■非経常的損失の取り扱い

大規模災害の影響で中国子会社(独自のノウハウを有さない単純製造会社)の操業度が低くなり、赤字が見込まれる場合に、損害を賠償することは移転価格上、問題があるか、というケースが取り上げられている(P.104)。非経常的損失は取引価格には影響させるべきではない、という回答だが、それに続けて、「別途損害のリスクを親会社、子会社のいずれが負担するのが独立企業原則に適っているのかについて推測しなければならない」(P.107)、また、「委託者の求めに応じて設備投資を行う受託製造会社の場合、その投資コストを受託製造の対価を通じて回収しようとします」(P.107)との指摘がある。例えば、今の新型コロナウィルスの流行が海外子会社の操業に影響した場合も似たような話だと思うが、結局、どうすべきなのか。

個人的には、「委託者の求めに応じて設備投資を行う受託製造会社の場合」、親会社が操業度リスクを負担している前提なのだから、基本的には子会社との取引価格に影響をさせて、親会社が損失を負う必要があると考えたが、どうなのだろうか。

 

■ロイヤリティ

上記と同じく、災害影響で赤字操業となる海外製造子会社に対し、ノウハウを供与している日本本社へのロイヤリティの支払いを免除するケース(P.143)。これも非経常的損失は除外して利益を計算すべきとの回答で、さらに、ロイヤリティを収受しなくても独立企業間レンジにおさまるようであれば、ロイヤリティはそもそも収受する必要がない、とのこと。

ロイヤリティは、①TNMMのなかで棚卸取引価格と一体の取引として考え、ロイヤリティを収受しなくても独立企業間レンジに収まるのであれば収受する必要がない、②ロイヤリティはノウハウを提供していることへの対価であり、その使用料として、あくまでも棚卸取引とは別の取引として収受する必要がある、のどちらなのだろうか。

移転価格税制(TNMM)の考え方からは①のように思うが、日本の国外関連者寄附金の観点から考えると②のように思う。このケースでは日本本社と海外製造子会社との間に棚卸取引はないように読めるが、その場合、①のようにTNMMの理屈で考えると、今回のケースとは逆に、海外子会社でレンジ以上の利益が出るようになった場合に、そのレンジ以上分をロイヤリティ料率引き上げ(変動ロイヤリティ)で対応する必要があるように思う。これを海外当局側は認めるのか、と考えると、実務上は相当難しいのではないか。また、②の観点からは、ロイヤリティを収受しなかった場合に、日本側で国外関連者寄附金の指摘を受ける可能性はないのか、が気になった。(利益率に応じてロイヤリティ額が変動することがあらかじめ事前の契約で両社間で合意できていればよいのか。)

 

■国外関連者寄附金と移転価格税制

海外製造子会社が「赤字に転落する見込み」であることから、日本本社から供給している原材料の販売価格を引き下げる場合に、国外関連者寄附金に認定される恐れはないかというケース(P.134)。措置法66の4①の移転価格税制と、同③の国外関連者に対する寄附金の全額損金不算入のどちらが適用されるのか。「国外関連取引は有償を約して行う取引であり、それに対して寄附金規定が適用される余地はほとんどない」(P.141)とのこと。

このように、「有償の国外関連取引=移転価格税制の対象」、「無償=寄附金の対象」とクリアに整理できるのであれば、実務担当者として懸念はないのであるが、課税の場面でも本当にこのような整理に基づく執行なのか、に不安がある。むしろ、実感としては、すべての国外関連取引について、まずは国外関連者寄附金の検討が行われ、それが問題ないとなって初めて移転価格税制上の検討に移る、という執行なのではないか、という怖さが拭えない。

森信夫編「移転価格の経済学」(中央経済社)

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これもカバーを紛失。

前に取り上げた『移転価格の経済分析』を「バイブル」の一つと紹介したが、続編にあたる本書も同じ。『移転価格の経済分析』と同様に、実務上の気付きが非常に多い本であったが、その中から2点のみ、取り上げたい。

 

■TNMMの限界

「ポストTNMMというのは、決して現行のTNMMを全否定するものではない。ただ、…BEPS問題の動向次第ではこれまで世界的に形成されてきた移転価格のルールが一変する可能性を秘めており、TNMMを主流とする“TNMM万能”時代の次を見据えた移転価格対応について考えていかなくてはならない局面に来ているという意味である。」(P.10)

 

「ポストTNMM」と言われ、企業の実務担当者としてはどうすればよいのか?「実務上はTNMMしかない」と言われてきて、いろいろと社内では反発を受けながらも、これまでTNMMに対応した仕組みを作り上げてきたのに、という思いはある。ただ、その一方で、「それも仕方ないかな」という思い、もっと言えば「それは当然である」という思いもある。

 

本書ではTNMMについて、「“割り切り”的な手法」と指摘している。これほどTNMMが「先進国を中心に支配的となっていった」のは、「実務的な優位性が大きな要因だった」。また、TNMMが支配的となった「経済的な背景」としては、「一般に国外子会社は進出してからの経験が浅いがゆえに単純な製造・組立や単純な輸入販売という限定的な機能を行う企業が大多数を占めていたため」、TNMMによる一定利益についての「合意形成がある程度可能であった」ためである。しかし、国外子会社も設立後、時間の経過とともに「その機能は複雑かつ深化」しており、多国籍企業グループ内の機能配置は複雑になる一方である(いずれもP.158)。

このような国外関連者側の機能の複雑化、深化は、まさに実際に日系の多国籍企業の多くで起きているという印象である。グループ企業において、市場や事業環境が変わっていく、事業そのものの中身も変わっていくなかにおいて、貴重な人材をずっと一定の役割に固定できるわけがない。徐々に国外子会社にも様々な貢献が求められていくのは、ビジネスを現場に近いレベルで発展させていくために、また、グループの資源の有効に活用するために、そして、もっと言えば、グループ各社で働く個々人が働き甲斐を感じるには「領空侵犯」や「越境」が絶えず必要になってくることを考えても、当然のことではないだろうか。これをずっと、TNMMが前提とする、取引当事者の一方(国外関連者)は「単純な機能・リスク」しか担わない、という「税務上のストーリー」に押し留めておくことには無理があるのではないだろうか。

 

本書では、研究開発機能についても、同様の流れがあることを指摘している。当初は「受託研究開発会社」(P.343)として設立された国外子会社でも、年数の経過とともに徐々に「現地市場を対象とした研究開発」(P.345)を手掛けるようになり、さらには「世界市場向けの新製品開発、生産技術開発」(P.345)も自律的に行うようになってくる、というような機能強化・深化が進んでいく、とのことである。そして、当初の「受託研究開発」においては、その対価は「受託研究開発会社で発生した費用に本社が一定のマークアップを乗せて設定し、ベンチマーク分析により独立企業間価格が検証される。無形資産の所有者は法的にも経済的にも本社に帰属する」(P.343)方法が採用されるものの、国外子会社側の研究開発機能が充実していくにつれ、この方法を継続していくことは難しくなっていく、と指摘されている。この点も海外進出している日系企業の多くで、実務上、まさに足元で起きていることであると感じるとともに、やはり、TNMMの「割り切り」の限界を感じる。

 

■TNMMの代替案としての利益分割法

本書ではTNMMの代替案の一つとして利益分割法が提案されている。「代替案としての利益分割法を、いかに現実的に運用可能で使い勝手の良い方法へと肉付けしていくか、という努力は今日的に極めて重要である」(P.65)。

 

実務担当者としては、本当に利益分割法がTNMMに取って代わるのであれば、「現実的に運用可能で使い勝手の良い方法」にしてもらいたい、と強く願う。これまでの利益分割法は、理論面ではともかく、使い勝手の面においては、極めて「使いにくい」方法、正直に言えば「怖くて使えない」方法と認識してきた。

「使いにくい」理由は山ほどあるが、TNMMとの比較での運用の難しさの一つが、TNMMは「的が固定されている」のに対して、利益分割法では「的そのものが動く」点である。つまり、TNMMでは、検証対象法人において達成すべき利益率が、ある程度想定できる(実際には比較対象取引の実績次第なのであるが、『ある程度』の事前想定はした上で運用を行うことができる)。だからこそ、棚卸取引価格の期中調整で利益率をコントロールすることができるのである。また、検証対象法人の利益率は一定のレンジが許容される。これに対して、利益分割法では連結利益額が決まってから、それを分割ファクターによって分ける。(連結利益額をどのように算出するのか、分割ファクターは何のか、という難しい問題は横に置いておくとして、)連結利益水準も動くし、かつ分割ファクター自体も動く。このような状態では、ある取引における「正しい利益配分」は締めてみないとわからない。また、このようにして算出される「正しい利益配分」はTNMMのようなレンジではなく、「点」で決まると理解している。そのため、「一括での価格調整金」が使えないと、「点」としての「正しい利益配分」は達成できないはずである。

利益分割法には「価格調整金」が一体不可分のものとして、セットで受け入れられない限り、実務上は使えないのではないかと考える。それには、現状のように「価格調整金」を受け入れる国もあれば、受け入れない国もある、という状態ではなく、各国税務当局が揃って認め(もちろん自国に都合の悪い「価格調整金の支払い」も認め)、かつ、関税・輸入消費税との現状のような摩擦(本書P.458でも言及されている)も解消された状態になっている必要がある。(というよりも、「ポストTNMM」時代に行く前の「TNMM時代」においても、「価格調整金」を使えるような環境整備を進めてほしい。)

 

本書の出版は2014年であり、現在までの約6年間の移転価格税制の変化を踏まえた続編の出版を、個人的にはとても期待している。

最後に、本書第18章「移転価格対応のための社内体制の整備に向けて」は、自社の移転価格対応状況が一般的にどの水準にあるのかを判断したり、どのような取り組みをしていけばいいのかを考えたりするのに、一つの指針として役に立つと思う。

EY税理士法人編「BEPS対応 移転価格文書化の実務入門」(中央経済社)

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これ一冊で文書化対応だけでなく、移転価格対応は十分ではないか、と思うほど、実務対応者にとってはありがたい本。書名の通り、文書化(マスターファイル、国別報告書、ローカルファイルの作成方法)がメインであり、これらの文書の作成にあたってかなり参考にさせて頂いた。もう一つ、本書において実務上ありがたかったのは、これらの文書の作成方法の解説に続く部分、特に第3章「移転価格文書化の前提となる移転価格ポリシーの策定と導入」。

 

■期中価格調整

第3章「移転価格文書化の前提となる移転価格ポリシーの策定と導入」の中で特にありがたかったのが、「ポリシー」策定後の実践となる「期中価格調整」についての解説。

「移転価格の調整方法として望ましいのは、期中の取引価格の検証及び調整を通じて、国外関連者の営業利益率がTNMMに基づく独立企業間利益率レンジに収まるよう、調整を行う方法です(期中価格調整)。」(P.154)、価格調整は「基本的には棚卸資産取引の『価格』を調整するもの」(P.155)と説明されている。個人的には、いかに立派な文書を作るかよりも、TNMMを適用すべき取引であれば、とにかくレンジに収めることが大事であると思っている。それにも関わらず、これまであたってきた本の中では「期中価格調整」について説明をしているものはなく、また、明確に「やるべき」、と言ってくれる専門家にもお会いしたことがなかった。そのため、自信をもってこのような「期中価格調整」の仕組みを導入することには難しさ(心理的なハードル?)があるように思う。具体的には、移転価格担当者自身はもちろん、社内的にも、「価格は変えてはならない(変えることは問題になる)」という認識から、「期中価格調整はしてもいい、というよりも、税務コンプライアンス上、調整しなくてはならない」というふうにマインドを切り替えないといけない。個人的には本書はそのような意識切り替えのきっかけの一つとなり、背中を押してもらった。

また、「期中価格調整」にまつわるその他の論点――「期末一括調整」、業績評価との関係、関税との関係――も取り上げられている。これらは「期中価格調整」をしようとすると実務上必ずぶつかる問題であり、結局はそれぞれの会社で自ら考えて対処するしかないのだと思うが、対応上のヒントが書かれている。

 

■移転価格税制と国外関連者寄附金

移転価格税制と国外関連者寄附金の区分の問題は他の本でも取り上げられている問題の一つだが、本書では「誤解を怖れずに言えば、境界線があるというよりは、・・・“一部のみピックアップして眺めるか、全体として見るかの違い”とも言えます」(P.181)と指摘されている。「全体」として問題がなくても(移転価格税制上の問題がなくても)、「一部のみピックアップ」して問題があれば国外関連者寄附金として指摘することができる、ということだと思うが、実務対応上は何とも言えず悩ましい。

もう一つ、同じくP.181の注釈で「税務当局が寄附金を認定する場合、『贈与の意思』があったことを証明することが重要」との指摘がある。実務上はここをポイントとして対応していくしかない、という認識である。

 

■日本のローカルファイルの提出期限

2016年度税制改正で導入された同時文書化の義務化について、義務化された取引については「提出を求められてから45日以内」、義務化されていない取引については「60日以内」の、それぞれ指定される日に提出が必要になったが、この15日間の差しかない意味は何だろう、と思ってきた。しかし、本書では、義務化された取引については「申告期限までに作成されていることを前提とすれば、天災等のやむを得ない場合を除き、提出の準備に通常要する期間が勘案されるとしても、せいぜい、1、2週間程度ではないかと推測されます。45日間の猶予が与えられることは想定し難い」(P.173)と指摘されている。気合いを入れ直したい。

 

NERAエコノミックコンサルティング編「移転価格の経済分析」(中央経済社)

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カバーがなくなってしまったので、背表紙を撮影。

 本書は今から10年以上前、BEPSプロジェクト以前の2008年に発行されており、その間に移転価格税制には変わったところもあるものの、依然として、実務において非常に有用な、ある意味で個人的な「バイブル」の一つとして活用している本である。ただ、実務で有用といっても、他の本と異なっているところは、例えば税法の解釈とか、国税の見解等についての解説を必要としている場合に読むのではなく、どちらかというと、新たな視点やアイディアがほしいとき、本質的に考えたいときに参照している。気付きの非常に多い本であるが、ここでは今の個人的な問題認識に則して、以下3点のみ、特に参考になった点としてあげておく。

 

■製造業の利益水準指標①

製造機能を、同じ地域、同じ産業内において担っている会社であっても、その「中身」が大きく異なっている場合がある。その「中身」の違いのひとつに、資本集約的な工程か、労働集約的な工程か、という工程の違いがある。多額の設備投資をして、長い生産工程で付加価値の高い製品を作る工程か、設備投資は少なく労働力に頼る、例えば組み立て工程か。

本書では取引単位営業利益法で使用される製造業の利益水準指標(PLI)として、この資本集約度の違いに着目して、PLベースのPLI、例えば売上高営業利益率や総費用営業利益率は適切なPLIにはならない可能性がある一方、資本に対する営業利益率を考慮すべきである、と指摘されている(P.35-36、P.100‐102)。これは、資本市場の理論から考えれば期待収益率は収斂していくはずだから、投下された資本額の大きい装置産業的な会社にはそれだけ高い収益が、投下資本の少ない組み立て会社には少ない収益がそれぞれ期待されるため、とのこと。

経営分析の教科書にも書かれている通り、資本利益率は売上高利益率(利益÷売上高)と資本回転率(売上高÷資本)の掛け算であり、売上高利益率だけを見るのは片手落ちのように思う。売上高利益率でみれば、装置産業は高く、組み立て会社は低くなるが、回転率でみれば装置産業は低く、組み立て会社は高くなる。市場原理、すなわち独立企業間原則に則していれば、両者の資本利益率は一定の水準にある程度収斂していくはずである。

経営分析、管理会計等の分野では当然の話なのだが、なぜ移転価格の世界では特定の指標(製造会社であれば総費用営業利益率)しか使われないのだろうか。もちろんBSベースの指標には、例えば固定資産であれば、償却方法、耐用年数等の会計処理の違いに起因する簿価の問題がある。しかし、これらはPL、例えば減価償却費も同様ではないのだろうか。所得移転の蓋然性の判断においては、様々な指標から、総合的に判断することはできないものだろうか。(仮に複数指標を用いて、どの指標でみても、独立企業間価格とは言えない、となった場合に、更正をどの指標に基づいて行うのか、という問題が出るが。)

なお、2017年「OECD移転価格ガイドライン2017年版」(国税庁ホームページ掲載の仮訳)においては、取引単位営業利益法の説明の中で以下のような記述があり、BS値を分母とした営業利益率をPLIとして適用できる可能性について指摘されている。

2.92 分母の選択は、関連者間取引の比較可能性分析(機能分析を含む)と整合性を有するべきであり、特に、当事者間のリスク配分を反映すべきである(当該リスクは独立企業間のものであるとする。第 1 章 D.1.2.1 参照)。例えば、製造活動のように資本集約的な活動の場合、営業上のリスク(市場リスク又は在庫リスク等)が限定的であったとしても、重要な投資リスクを伴っているかもしれない。そのような事案に取引単位営業利益法を適用する場合、営業利益指標を利益/投資(例えば、利益/資産、利益/使用資本)とすれば、投資関連リスクが営業利益指標に反映される。そのような指標は、関連者間取引のいずれの当事者が当該リスクを引受けるかに応じて、また、関連者間取引と比較対象取引との間で見られるかもしれないリスク差異の程度に応じて、調整する(又は異なる営業利益指標を選択する)必要があるかもしれない。差異調整に関する議論は、パラグラフ 3.47-3.54 参照。


2.93 分母は、(使用した資産や引き受けるリスクを踏まえ)検証対象者が調査対象取引について果たす機能から生じる価値に関する指標とすべきである。事案の事実と状況に応じて、一般的には、販売活動には売上や販売に係る営業費が、役務又は製造活動には総費用又は営業費用が、特定の製造活動又は公共事業などの資本集約的活動には営業資産が、適切な分母となるかもしれない。また、事案の状況によっては、その他の分母が適切なこともあるだろう。

 

■製造業の利益水準指標②

また、同じく製造業に適用するPLIの問題で、材料費率が高く付加価値の低い製造会社と、材料費率が低く付加価値の高い製造会社との比較においては、材料費を除いた費用に対する利益率が適切ではないか、という指摘がされている(P.96-97)。外部購入の材料費を除いたコストの大小が、その工場の機能の大小を表していると考えられる。このような指標はBSの数値を使わず、PLの数値のみで算出できるので、採用へのハードルは先の資本利益率よりも低いのかもしれない。比較対象企業の材料費率のデータがとれるかが難点であると指摘されているが、例えば、比較対象企業の抽出過程において、定量分析で候補企業を一定数に絞った後の段階での最終的な絞り込みの段階で、アニュアルレポート等にあたる、というような方法で、どうにか活用することはできないだろうか。

 

■無形資産の所在

「企業経営に従事する立場から見れば・・・生産現場における継続的な原価低減・生産性向上が製品の競争力向上に極めて大きな役割を担っていることは明らかである」にもかかわらず、「実際の移転価格税制上の算定においては、依然として『生産機能=ルーティン機能』という考え方が主流」(いずれもP.207)であると指摘されている。なぜ移転価格税制においては、一般的に、無形資産の存在は研究開発機能のみに限定して認められるのだろうか。工場の貢献が見えづらいからか?同業と比較したときの競争優位の要因は開発だけとは限らないのは当たり前であるが、話を単純にしないと、執行ができなくなってしまうからか?社内で移転価格税制の説明をするときに理解・納得を得られにくい点の一つである(工場間のものづくり力の差は、同じグループの中での工場間比較においてさえ厳然として存在している、そしてそれは開発と少なくとも同程度には重要、という見方はおかしいのだろうか)。