内部振替価格の原理原則的なところをあらためて勉強してみる。(原理原則的なところにおいては、一旦、海外取引/移転価格税制による制約はないものとして考える。)
以下の本を使用する。(以下、特に断らない限り、ページ数は引用元となる本書のページ数を示している。また、引用箇所における下線は当記事筆者によるもの。)
Amazon.co.jp: 事業部制の業績測定 : 鳥居宏史: 本
内部振替価格の本質
以下の下線部分が重要。
- P.147「…内部振替価格は、市場メカニズムにおける競争原理を企業の内部経営に導入することにより、競争市場を前提とした意思決定や内部活動における競争的刺激のための擬制的手段としての本質をもつ。」
- P.149「…企業内部の独立したセグメントである事業部の製品(部品、半製品、完成品など)が企業内部の別のセグメントに移転するという内部振替取引において、単に当該製品を製造する事業部(供給事業部)で発生する原価を、送り込まれていくセグメントに配賦するというのではなく、供給事業部が外部の得意先に販売するのと同様に利益を獲得できる価格を用いる。これこそが、事業部制組織を採用して事業部ごとの業績を測定する上で、重要なのである。」
内部振替価格の目的
筆者としては、内部振替価格設定の目的としては、以下の4つに要約するのが適切であろうと考える。
1 整合性
2 自律性
3 意思決定
4 外部報告(P.151)
- 「整合性」とは、要は、各事業部の利益拡大によって全体利益が減少するような部分最適をもたらすのではなく、各事業部の行動が全体の利益拡大をもたらすような内部振替価格の設定を言う。
- 「自律性」とは、「事業部長が適切と考えるように内部振替価格は設定されているべき」(P.158)ということ。「競争市場において成立する価格でもって客観的に業績測定することにより、各事業部の利益意識を高めることができる」(P.159)。自分自身の拡大解釈かもしれないが、事業部長の納得性のことであり、納得してもらうためには、組織内の力学によって内部振替価格を決めるのではなく、市場の要素によって決める必要がある、ということであろう。
- 「意思決定」は「本著では…製品系列あるいは事業部を廃止すべきか否かの意思決定問題のみに限定している」(P.161)とのことであるが、実際には「製品系列あるいは事業部を廃止すべきか否かの意思決定」には内部振替価格に基づく損益を用いるのではなく、「製品系列あるいは事業部」スルーでの連結損益が用いられるであろう。仮に当該「製品系列あるいは事業部」が企業グループ内における内部取引のみを行う単位であるならば内部振替価格に基づく損益が用いられることもあろうが、本質的には価格ではなく、受入事業部側にとっての許容原価と、供給事業部側との実際原価との比較が必要になるだろう。
- 「外部報告」とはまさに移転価格税制目的等であるが、管理会計観点では省略。
- なお、「整合性目的と自律性目的の対立でいえば、文献では整合性目的が重要視されることも多いが、事業部制組織においては筆者としては後者を強調する。実務での普及・利用状況を考慮すると、事業部に利益要因を提供する方法をむしろ提唱したい。整合性目的が必ずしも達成されないかもしれないが、自律性目的を強調した基準・機構が利用されることになる。」(P.295)とのことであるが、指摘されている通り、実務面では自律性目的がほとんどで、本来的には整合性目的を考えないといけないのかもしれないが、端的に言えば、事業部制においては、内部振替価格の納得性なくして事業部の損益責任を問うことはできない、というのが実感である。
内部振替価格の設定
- 内部振替価格の設定には大別すると「市価あるいは市価を修正したものとしての市価基準と、原価あるいは原価を修正したものとしての原価基準」とがある。(P.224)(より実務寄りの本、例えば【改訂2版】戦略管理会計 | 西山 茂 |本 | 通販 | Amazonにおいても、「社内取引価格は、原価と市場価格の間の適当な価格で設定することが一般的である」(P.206)と説明されている。なお、実際に参照したのは第1版。)
- 市価基準
- 「市価基準の利用により、供給事業部と受入事業部をして、あたかも別個の独立企業であるかのごとく同じ条件で取引させることができる」(P.233)。「受入事業部は…外部の供給元から購入するのと同じあるいはそれ以下の価格を望む」(同)し、「供給事業部は、外部の得意先(顧客)に販売することにより受け取るのと同じあるいはそれ以上の価格を望む」(P233-4)なかでの市価基準の利用は「利益責任が明確になり、各事業部を利益センターとして…業績の測定をすることが容易になる」(P234)。「事業部の業績が競争市場の客観的なチェックを受けているところに、事業部制組織の本質的な意義がある。」(同)。
- 市価基準のバリエーションとして「供給事業部は、外部に販売する場合と比較して、内部での取引の差異には、貸倒損失、広告費などの費用を要さずにすむはずである」(P237)ことから、「これらの費用を差し引いた額でもて内部振替価格とするという」「修正市価基準」あるいは「市価差引基準」(以上P237)もある。
- また、中間製品の「デザイン、構造、その他の点」に「外部取引される製品とは何らかの相違がみられる」場合に、類似製品の市価を「そのまま利用するのではなく、何らかの調整をして利用する」のも「修正市価基準の1つ」(以上P245)。
- 「内部振替取引の対象となる中間製品ならば、むしろ何らかの特別規格な製品」(P246)である場合も多く、その場合の外部取引製品の市価からの修正の難しさや、「市価が一時的な価格変動によるダインピング価格である場合」(P246)の対応(「ダンピング価格は用いるべきではない」(P247))等の困難はあるものの「市価が何らの形で得られるならば、市価は事業部間の協議において準拠すべき基礎を与えるであろうし、客観性の観点からも自律性目的にとって最善であるといえる」(P247)。
- 「市価基準の利用により、供給事業部と受入事業部をして、あたかも別個の独立企業であるかのごとく同じ条件で取引させることができる」(P.233)。「受入事業部は…外部の供給元から購入するのと同じあるいはそれ以下の価格を望む」(同)し、「供給事業部は、外部の得意先(顧客)に販売することにより受け取るのと同じあるいはそれ以上の価格を望む」(P233-4)なかでの市価基準の利用は「利益責任が明確になり、各事業部を利益センターとして…業績の測定をすることが容易になる」(P234)。「事業部の業績が競争市場の客観的なチェックを受けているところに、事業部制組織の本質的な意義がある。」(同)。
- 原価基準
- 「元来、企業内部の製品の移動においては、伝統的には原価基準が通常である」し、「現実には、市価基準のみでは信頼のゆく内部振替価格の設定は無理であろう」。「内部振替価格は常に原価と比較考慮され分析されなくてはならない。」(以上P248。)
市場ニーズの「引き込み」という本質の重要性
繰り返しの引用だが「内部振替価格は、市場メカニズムにおける競争原理を企業の内部経営に導入することにより、競争市場を前提とした意思決定や内部活動における競争的刺激のための擬制的手段」(P.147)であることがその本質である。ここを前提とするならば、内部振替価格の設定における市価基準の原価基準に対する優位性は明らかであり、原価基準を適用せざるを得ないケースにおいても、その妥協の前提として「本来市価ベースにすべき」という共通認識は必要であろう。
内部振替価格が、市場価格という顧客ニーズを組織内部に「引き込む」ための手段であるという考え方、また、原価基準ではなく市価基準が優先されるべきという点は以下のAmazon.co.jp: 遠距離交際と近所づきあい 成功する組織ネットワーク戦略 : 西口 敏宏: 本の引用からも確認することができるように思う。
既存の組織を支える基本的な性質を変えずに、自らの都合だけを一方的に押し付けようとする試みは、早晩失敗する。組織は、ニーズに「引き込まれる」ことによって、生き延びる。今日、押すこと、プッシュ(push)よりも、引くこと(pull)のほうが、重要なのだ。(P.221)
…外部ニーズの圧力を、複雑な制御機構や込み入ったルールに頼らずに、いかにして組織の内部…にまで浸透させるかが、組織の存亡を決する重大な課題となる。(P.359)
市場の淘汰の圧力を組織内に「引き込み」、「擬似市場」的な機能を組織内に浸透させる。このことによって、待ったなしの問題解決への圧力が組織の隅々まで行きわたり、官僚主義、事なかれ主義、無責任体制の打破を促す。(P.112)
特に最後の引用箇所の下線部は、まさに「内部振替価格は、市場メカニズムにおける競争原理を企業の内部経営に導入することにより、競争市場を前提とした意思決定や内部活動における競争的刺激のための擬制的手段」(鳥居P.147)に対応していると言えるだろう。