決して「高価」な「専門書」ではなく、移転価格税制の本ですらない。しかし、ここに書かれていることは移転価格税制の議論でも出てくる論点が多く、実務で役立つと思ったので、あえて取り上げてみたい。
例えば、以下のような点。
- 移転価格税制においては、「機能・リスク・無形資産」が大事、ということになっている。すなわち、グループ会社は「果たしている機能、負担しているリスク、保有している重要な無形資産」に応じて、利益を享受すべきであるとされている。このことを、よく知られた企業の決算書の実例を通して理解するのに役立つ。著者はこのことを「バリューチェーンのどこを担うかが決算書の構造を決める」(P.109)という言い方で説明をしている。
- 同じ小売業の中でのユニクロと三越伊勢丹・しまむらとの比較では、ユニクロが川上に進出して商品の企画・生産(委託)から販売までを一気通貫で手掛けるのに対して、三越伊勢丹・しまむらは仕入れ販売がメイン。前者は「構造的に」高い売上総利益率、高い販管費率になるのに対して、後者は「構造的に」低い売上総利益率、低い販管費率になる。なぜそうなるのか。これをきちんと理解していると、移転価格税制における売上総利益率での単純な比較(販売会社であれば再販売価格基準法)を適用することが相当に難しいということがよく理解できるし、仮にそのような主張がなされた場合には効果的な反論ができると思う。
- また、アップルからの委託生産を担うEMS企業である鴻海と、セブンイレブンの惣菜を生産しているわらべや日洋は、低い売上総利益率、低い販管費率、そして、委託元企業と比べて相対的に低い営業利益率になる。これはバリューチェーンを一気通貫で担い、大きなリスクをとるSPA企業と比較し、バリューチェーンの一部の機能のみを担い、受託生産・生産品の全量引き取りで在庫リスクを負わないEMSとでは機能・リスクの負担度合いが異なるからである。海外展開している日本企業の親会社と、海外の製造子会社との関係という(日本企業の)移転価格税制における典型的な事例と同じ議論である。
移転価格税制には「独立企業原則」という大原則があり、どのような教科書を読んでもまず最初に出てくる。すなわち、グループ会社同士の関連者間取引ではあっても、独立した第三者間での取引と同様に取引をすべき、という考え方である。つまり、移転価格税制というグループ間取引を規制する税制の適用において、常に「独立企業だったらどうなるのか?」を考えておかないといけない。その意味で、本書のような独立企業の事例や、その論理を理解しておくことは、移転価格税制の仕事をする上で、意味のあることだと思う。(その上、本書は単純に読み物としても面白い。)